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不登校・引きこもり・フリーター・ニート・下流社会
学校の病理現象 西沢潤一 渡辺昇一 山谷えり子 酒井順子 中西輝政 斎藤環 長山靖生 宮崎哲弥 深田 匠 藤尾諭史 和田英樹 奥村寛之 三浦 展 山田昌弘
玄田有史 平井宏治 若者を蝕む格差社会 安藤慶太 松浦光修 松本敏男 西尾幹二 日下部公人 さかもと未明 市原祐司 片田珠美
                       
  以下(主任相談員 藤崎育子氏の言葉、寺脇研氏に聞かせてあげたいくらいだ
 ・「学校に行かないことで、たくさんの自由な時間を手にしたはずの子供の多くが、その後何をすべきなのかがわからずだんだんと無気力になっていく」⇒集団の中でしか個の確立は難しい。

 ・「学校は子供にとってみれば社会そのもの学校にこだわっているからこそ、休んでいることに負い目を感じ、家にひきこもる。それならば、自信を取り戻すために再登校に挑戦してみよう。その過程が子供を強くし、と同時に親や教師のあり方を考える絶好の機会となるのではないか」

 ・「対人関係でつまずいた子供は、やはり対人関係の中で鍛えられて初めて自信を取り戻すことができる

 ・「身体は立派な大人である高校生ですら、学校をやめた場合、社会的に自立して生きていくことはそう容易ではない。それらを考えると、まだまだ経験も未熟な中学生学校に行かないという選択を任せてしまっていいものか疑問である。子供の意思を尊重することはとても大切である。しかし、一方で子供が自分でできないと思い込んでいることを乗り越えられるよう後押しすることも、大人の役割である」

 ・「ひきこもるようになった子供たちに共通して言えることは、”休んだことによりますます行きづらくなってしまった”という事実です」

 ・「子供達は、”休んでしまったから行けなくなるのだ。休めば休むほど学校に行きにくくなる”と訴えます。そんな子供たちに”休んでいいよ”と言って果たしてエネルギーが溜まるのか、考え直す必要がある」

 ・「学校を長期に休んだしまった場合、人が怖くなるという二次障害を引き起こしてしまうことが多い」

 ・「学校に完全復帰するには、学業よりも集団生活にどう戻っていくかという方が、ひきこもる子供達にとっては大きなハードルである」

 ・「学校を休みつづける子供たちに保護者は、親としての自信を無くしている人が少なくない。その結果、子供に対して、腫れ物に触れるような態度をとってしまうようになり、何に対しても子供の意向を確かめて行動するようになりがちです」

 ・「安易にものを与えると、子供にとって家にいることが何よりも快適という状態をつくり出してしまう場合が多い」

 ・「心の傷を治す為にいつまで休めばいいのか休んでも学校にいけるようになるタイミングなんてないような気がする

 ・「”癒し”という言葉がもてはやされている現代社会の中で、”鍛える”という言葉が忘れられがちですが、子供の生きる力を育てるために、安全に守られている家庭以外に鍛えていく場も必要である。そして、それに適しているといえるところが学校ではないかと思う。ただ現実には、健全に経営されているとはいえない学校もある」
 学校病理現象

1.種類

@校内暴力(生徒間暴力、対教師暴力、器物損壊):1970年代
・目に見え易い、顕在的な学校病理現象
2000年の校内暴力件数 4万374件(公立の小・中・高校)


Aいじめ問題:1980年代後半
・親や教師から見えにくい潜在的な現象
2000年全国で3万918件発生

B不登校(年間30日以上欠席者):1990年代
小学校2万6014人中学校10万1680人

C学級崩壊:1990年代後半
 学力低下問題(1997年半ばから1999年初頭)の直前にもっともマスコミを賑わせた問題である。
・「私語が絶えない」、「教室内で立ち歩いたり、遊んだりする」、「教師を無視したり、悪態をつく」、「教室から出て行ってしまう」。低学年型と高学年型があると言われている。
・低学年型は、幼稚園や保育所にその兆候が見られ、「悪気は無いが、躾られていない状態」
・高学年型は、教師に対する不信や憎悪をあらわにして、中・高学力層の子供をも巻き込んだ「授業ボイコット」、「教師いじめ」といえる。

2.原因としてあげられるのは、基本的には「子供のストレス」である。ただし、そのストレスの原因は何かといえば

@がまん強さストレス耐性の減退

A人間関係の希薄化による対人関係能力の弱さ

B授業のわからなさ受験から来るプレッシャー等等
  司馬遼太郎対話選集 司馬遼太郎Vs西澤潤一(電子工学者) 文芸春秋

西澤:東北大の名誉教授の田崎京二先生に伺ったある実験の話ですが、生れたばかりの子猫の片目を縫うんです。それで数ヶ月後にそれを取って、反対の目を縫う。すると完全に失明と同じ状態になります。その子猫に光りをあてた場合には、視神経に流れる電流を計るとちゃんと流れている。それにもかかわらず、失明状態だというのです。つまり縫ってあった方の目の内側の情報処理機能が全然発達しない

司馬:ははあ。

西澤:最近は実験の精度が上がって、二時間縫っておくだけで失明状態になるということがわかっているそうです。つまり子猫が生まれ育っていく課程のうち、二時間の間に刺激を受けて情報処理能力ができるんだそうです。
 同じ子猫を使った実験ですが、子猫を白い筒状の部屋に入れ、内側に縦線を引いておく。そこで育てた子猫は縦のものにはじゃれるけれども、横にものには興味をしめさないらしい。ですから、教育も時期を誤るとまったくこれと同じことになります

司馬:おそろしい話ですね。

西澤:たまたま韓国では、受験のための塾を全部禁止したそうですね。

司馬:危機感があったんでしょう。独創こそこれからの韓国を食わせていく唯一の方角だということを知っているんですね。過度な記憶力競争は、少年に着想の能力仮説をたてる喜びをうしなわせるでしょうから。

西澤:日本民族は変な民族で危機になるとものすごい力を出す。そのくせちょっと豊かになると、とたんにグシャグシャになってしまう。
  渡部 昇一 上智大学名誉教授 「何が日本をおかしくしたのか」 講談社

 ・日本の学校教育、ことに義務教育が限界に来ているという事実は、最近になってわかったことではない。万単位の子供たちが登校拒否をし、中途退学をしている現実は、何年も前からあったことだ。1984(昭和59)年、中曽根内閣が設置した臨教審でこの問題は論じられているから、それから数えてすでに20年近くなっている。
 山谷 えり子氏 ジャーナリスト 正論4月号 平成16年

 2003(平成15)年4月、「今後の不登校への対応のあり方について」という報告の中で、平成4年の見解が「誤解」されて、「働きかけを一切しない場合や、必要な関りを持つことまでも控えて時機を失してしまう」ケースがあったとして、不登校児の置かれた環境や事情に十分に配慮しながら働きかけること関わりを持つことの重要性を明確にしました。
 酒井 順子 正論5月号 平成16年

 「オタク」が多い。部屋に閉じこもっているような純粋なオタクだけでなく、結婚よりも自分の好きな事や趣味だけをやっていたいというタイプも、ここでは含まれる。
 中西輝政 諸君6月号 平成16年

 <自分探しの旅の果てに>
 ・今回度重なる退避勧告を無視してイラク入りした「被害者」たちは、どこかナイーブでひ弱な、まさに「現代日本」といく国の象徴のように見えた。私の見るところ、彼等の行動の最大の動機は、豊かさの中で見失われた“何か”を求めての「自分探し」といったものではなかろうか。

 ・政治性を排するすることはこうしたボランティア活動が迷路に入っていかないための大前提である。そして、宗教的実践にとっては、人が注目しない場所に出かけることこそが理想であるはずだ。善行は誇示しないことに真の尊さがある。目立つ場所を求めること自体、「エゴの営み」と言わなければならない。
 斎藤環 精神科医 長山靖生 歯科医・評論家 諸君6月号 平成16年

 「フリーター(417万人)」と「引きこもり(100万人)」への処方箋

 <フリーター>
 斎藤:フリーターは「自分探し系」と呼ばれるコミュニカティブな若者。一般に、衝動的で切れやすい。引きこもり系はコミュニケーション・スキルが低いが、あんがい我慢強くて衝動性も低い。

 斎藤:フリーターは、@モラトリアム型、A夢追い型、Bやむをえず型。前二者は人生には天職という正解があると信じている点で同類。そういう大きな目標だけあって、実現にいたるプロセスとしての小目標の設定、段階的努力が上手くできない
 斎藤:今の若者は、自分の資質と職業適性の把握が苦手な上に、体力とお金の問題を軽視している。体力がないと仕事も人付き合いもできないし、収入を得ないと生活は成り立たないのに。
 
 斎藤:日教組的な「どんなことも我慢する必要はない」等と教えられていると、自分の意にそぐわない職業に就かないというフリーター的心性に繋がるのかもしれない。⇒フリーター417万人発生の原因にやはり日教組的な教育の影響がでているのだ。

 
斎藤:功名心の欠如も、日本の若者から意欲を失わせる大きな要因の一つとなっています。

 
斎藤:本来「自分」と「世界」の間には家族地域という段階的な同心円を描いて世界観が構成されるはずです。ところが若者にとっては「内面」といきなり「全世界」しかなく、中間に対する創造力が欠けている。⇒教育基本法、日教組の教育、男女共同参画市条例等々全てがつながっている。
 

 斎藤:欲としては同じだから、仕事してほしかったら、女遊びといっただらしなさも含めて肯定してほしい。逆に女遊びを抑制するなら、若者が働かなくても仕方が無いというぐらいに筋を通すべきです。

 斎藤:いずれ何者かになるという漠然とした途上感で支えて、目標自体のリアルな設定が抜けてしまうことは問題です。

 長山:フリーターが気の毒なのは、世の中へ出て行くことへの恐怖や不安から逃避したくて、「俺には大きな夢がある」「社会の歯車になりたくない」という紋切り型のセリフで“自己防衛”しているのに、親も学校も鵜呑みにして、本人のやりたいようにやらせるしかないと、期待だか見捨てているのだかわからない対応をする。内心では、「もう少し引っ張ってくれればいいのに」とか、「このまま行くと先が無い」とフリーター本人がもがいていても、親や社会から「好きでやっているんなら、応援するよ」と“暖かい拒絶”を受けてしまう。親の方もコミュニケーション・スキルが低いですね。

 長山:「好きなことを仕事にする」という言い方は、仕事というのは他者のためにするものだという前提を見失わせる。⇒やりたいことをやるのは”道楽”である。人の望むことをやるのが“仕事”である

 
長山:若者が、挑戦せずに言い訳のレベルに止めておくのも、無意識的な“自己防衛”です。

 
長山:
 

 <ひきこもり>
 
斎藤:引きこもりを脱却するには、親の態度が重要である。@100%受入れるか、A100%突っぱねるかのどちらかである。どっちつかずが一番よくない。

 斎藤:仙人になった引きこもりがもっとも厄介です。これからのひきこもりのテーマは餓死である。

 斎藤:おたくは恵まれているのは、愛着物があることです。

 斎藤:ひきこもりは皆いじめ経験というPTSD(心的外傷後ストレス障害)持ちという極論すらある。

 斎藤:ひきこもり治療のゴールは就労ではなく、“友達づくり”なのです。

 斎藤:ひきこもりには、本や映画を薦めます。恋愛や冒険のフィクションを通じて、「関係性の欲望」を持って欲しい。

 斎藤:最後の動機付けたる“焦燥感”、“不安感”が稀薄になって、ひきこもっていても“福祉”を利用すればいいのでは、となるかもしれない怖さがあります。

 長山:ひきこもり系は、本来、職人仕事には向いている。

 <その他>
 長山:男女平等教育が徹底した成果で、何で男が自分と対等な女の生活の面倒を見なければならないのかと、若い人たちは言いますね。⇒男らしさ女らしさを否定し、男女に同じ事をやらそうとする結果である。男女の性差に基づく役割分担を尊重しないと、男女の協力・結婚は困難にある。男女を競争関係に置くのは自然の摂理に反する。
 ・
 宮崎哲也 評論家 諸君1月号 平成17年度

 ・青少年や若年男性による「自暴自棄的犯罪」「不幸の道連れ型犯罪」の多発うやひきこもり、ニート(無業者)などといった逃避型、刹那的なライフスタイルの広がりは、確かな目的を見失い、当て所なく浮浪する社会意識のあり様と決して無縁ではない。
 深田匠著 「日本人の知らない『二つのアメリカ』の世界戦略」高木書房より

 日教組や全教が「個人主義最優先」という教育を行ってきた結果、「会社という組織の歯車になるのは嫌だ」だのと言って、フリーターだか何だか定職をもたない根無し草の若者が急増している。平成15年度の国民生活白書によると、フリーターの数は、平成2年の183万人から年々増加し、平成13年には417万人に達し、学生と主婦を除く15〜34歳の21.2%を占めるに至っている。若者の2割が自らの意志で定職についていないのだ。そしてこのフリーターのせいで、UFJ総研の推定によれば日本のGDPは1.7%も引下げられおり、2010年にはフリーター人口が476万人と推定されていることからGDPが更に下がることは必至である。近い将来、フリーターと同年代の正社員との比率は1対1になると推定されており、さらにフリーター以外にタチの悪い「ニート」と呼ばれる「働く意志自体がなく求職もしない若者若年寄り)」が63万人にも達している。高齢化社会へと移行する中で、このような愚かな若者たちに支給する社会保障の費用までもが増加しているのだ。ちなみに平成7年に88万人だった生活保護受給者は、平成15年3月現在ではついに129万人に達し、国民のおよそ100人に1人が生活保護を受けている計算となる。
 藤尾諭史 予備校生 18歳 大阪市阿倍野区 産経新聞 「10代の声」より

 人は『しょうもない人間』の下で働く気が起こるだろうか?『くだらない国家』の下で尽すことができるだろうか?最近良く聞く『二ート』の問題は間違いなく自国を貶める日教組・全教の教育の影響である。日教組・全教の間違った教育の影響がボデーブローのように効いてきていると言ったら言い過ぎであろうか?以下産経新聞の「十代の声」に耳を傾けて見よう。

 「進学も就職もしょうとしない二ートの増加が社会問題化してきているが、なぜ二ートが増えたのか、根本的に考えなければならない。

 私は小学校のころ、父親の仕事の都合でメキシコや米国、カナダに住んでいた。その際、現地の学生が自分の国の伝統文化を大切にし、自国を誇りに思う『愛国心』の強さに驚かされた。
 それらの学生は自分が働くことによって自国の防衛や発展につながり、ひいては自分のためになることを分かっているのである。

 日本もそれらの国を見習い、早急に『愛国教育』を導入すべきである。それこそ、二ートをなくすのに、最善の方法だと思う。

 一方、話は代わるが9月11日に総選挙の投票が行われる。自民党と公明党は教育基本法改正や昭和の日、憲法改正など考え方が根本的に違っている。選挙の票欲しさに連立を組むぐらいなら、即刻連立を解消すべきである。
 そうすることにより、本来の自民党支持層を呼び戻すことができるということを付加えておきたい」。(藤尾諭史君 予備校生 18歳 大阪市阿倍野区 産経新聞 「10代の声」より)
 和田英樹 精神科医 SAPIO 9/28

 米国は弱肉強食の競争社会だが、一方、宗教や国益、チャリティ、ノブレス・オブリージェ(高貴なものの義務)を尊重する精神もある。しかし、日本には国益を前提とした価値観も、宗教も、さらには終身雇用などの「日本型」の伝統も失われてしまった。今年8月発表のOECD調査で、日本は貧困率で世界第5位となった。危機感が薄いのは、日本では貧困層を「二ート・フリーター」として、親が抱えているからだ。しかし、彼等が40代になり、賃金が値切られ、親の庇護がなくなる20年後には、貧困層が表出し、スラム化する恐れさえある。
 奥村 寛之 奈良 32歳 無職

 先日ある番組でコメンテーターが「ニートなんてアホな連中ですよ!仕事もしないで衣食住が満たされてるなんて。浮浪者したらいいんです!」と言い切った。

 たとえば、学校で同じ授業を受けてるハズなのに成績に差がでるのはなぜかといえば、個々人、理解力も体力も違う。根性や精神力も違う。感じ方や考え方も違う。この意見に反対する人はいないと思う。

 それなのに社会参加となると、矛盾がでてくる。平等な社会というものが、誰もがデキル人じゃないと認めない社会を作っている。本来、平等な社会とは、違いがあることを是とする社会のハズだ。しかし今の日本はいわゆる勝ち組みしか必要としていない。

 「アメリカは自由な国だが、平等ではない」と、ある人が言った。つまり悪い意味での、格差社会のことである。日本には男女雇用機会均等法というものがあるが、建前、「誰にも門戸をひらいてマスヨ」ということだけで、実際は会社の都合で選別されている。その都合とはデキル人しかいらないということである。

 ニート引きこもりは、自ら望んでその状態なのではなく、「やむを得ずそうしている」のが正しい現状だと断言したい。努力してなんでも改善するなら、誰も東大に入れるし、誰も金持ちだし、誰も勝っている。しかしそんなことはあり得ない。そもそも負ける人がいなければ、勝っている人もいない。

 僕は格差社会は自然な姿だと思う。であればこそ、違いを認める社会であってほしい。違いを認めない社会、それは社会主義だからである。⇒ニートや引きこもりにはいろんな人がいる。共通して言えることは、「働かなくても食べていけること」だ。
 三浦 展 カルチャースタディーズ研究所 「下流社会」 光文社新書

 「『自分らしさ志向』は向上心・競争心回避の哲学だ!(真中)
 第五章 自分らしさを求めるのは下流である
 ・「自分らしさ」や「自己実現」を求めるものは、仕事においても自分らしく働こうとする。しかしそれで高収入を得ることは難しいので、低収入となる。よって生活水準が低下する。そういう悪いスパイラルにはまっているのではないかと推測される。(158頁)

 ・自分が本当に好きなことを見つけて、それを仕事にしょうと真に受けて自分探しを始めた若者は、結果としていつまでもフリーターを続けて30歳になっても低所得に甘んじ、低階層に固定化されていく危険性が高いかも知れないということである。(161頁)

 ≪個性を尊重した家族もほど多い
 ≪低階層の若者ほど自己能力感(=自分は人より優れた所がある)を持っている≫
 ・自己能力感を「自分らしさ志向」や「自己実現感覚」と読み替えれば、下流ほど「自分らしさ志向」が強いことが説明できる。
 ・自分らしさを志向すること自体はよいのだが、自分らしさを求めるあまり、階層意識生活満足度の両方を低下させている。

 ≪自分らしさ派は、未婚、子供なし、非正規雇用が多い
 ・もちろん「雇用環境の悪化」と「産業構造の変化」が『非正規雇用』を増やしたのであり、そのため低所得層が増加し、結果、未婚が増え、少子化しているという経済的側面を見逃すつもりはない。しかし、そこにさらに「自分らしさ志向」という価値観的な要因が加わることで、ますます未婚率が上昇し、少子化が進んだという側面があることも否定できないだろう。(170頁)

 ・もしその不安定で不満の多い選択が自分らしさと引き換えになされているとしたら、われわれは、過去30年以上にわたって社会の主流的な価値観となった「自分らしさ」という、まるで青い鳥のような観念を、一体今度どのように取り扱うべきなのか。そして、すでにその青い鳥の虜になった『団塊ジュニア世代以降の若者』にどう対処すべきなのか。われわれは今、そうした問題をつきつけられている。(171頁)

 ≪自分らしさ志向の問題点≫
 ・コミュニケーション能力が高い者は、よりよい就職をし、より高い所得を得て、より恵まれた結婚をし、結果、より高い階層に属する可能性が高い。

 他方、自分らしさにこだわりすぎて、他者とのコミュニケーションを避け、社会への適応を拒むものは、結果的には低い階層に属する可能性が高いのである。
(174頁)

 ≪「ドラゴン桜」メソッドは下流化を食い止める≫
 ・「ナンバーワンにならなくていい。オンリーワンになれだぁ?ふざけるな。オンリーワンていうのはその分野のナンバーワンのことだろうが。」(ドラゴン桜より)

 第七章 「下流」の性格、食生活、教育観
 ≪階層は性格できまる≫
 ・「勝敗を決定付ける軸の一つは、あきらかに『コミュニケーション』である。(中略)コミュニケーションが苦手と思い込まされてしまった子供は、早々と自分自身を『負け組み』に分類してしまう。(中略)この種のコミュニケーション格差がそのまま延長された果てに、『引きこもり』のような問題が析出するといっても過言ではない」(斎藤環 『負けた教の信者たち』)(204頁)

 ・「上」の男性では、「最後は誰かが何とかしてくれるという気持ちがいつも自分のなかにある」はゼロであり、逆に「決めたことは、即実行する」、「自分の性格は明るい方だと思う」、「人の好き嫌いはほとんどない」、「周囲の人の態度や気持ちの動きには大変敏感である」が多めである。特に「性格は明るい方だ」に「そう思う」と答える傾向は「下」では非常に少ない。
 つまり、」の男性は、性格が明るく人の好き嫌いがあまりなく人付き合いがよく気配りができて実行力があり依存心が弱いということである。逆に「」の男性は、性格が暗めで優柔不断で依存心が強めだと答える(205頁)

 ≪上流は女性らしさ、下流は自分らしさ≫
 ・従来型の男女観、女性らしさ像に重きを置かない女性が、より強く自分らしさを志向するということである。
 更にいえば、「上」の女性は、単に従来型の男女観を肯定しているだけでなく、リーダー的な性格も併せ持っているのであり、その意味で才色兼備型の女性であることが推測される。典型的には、高学歴で、総合職で、仕事ができて、容姿も端麗な女性であり、しかし結婚後は専業主婦としててきぱきと家事育児をこなすこともできるタイプである。(209頁)

 ≪ぐうたらしていちゃ恋もできない≫
 ・自分の相手は自分で見つけて、自分で声をかけなければならない。恋愛も自己決定、自己責任の時代なのだ。ぐうたらしていちゃ恋もできないのである。(212頁)

 ・色男、金と力はなかりけり、ということわざがあるが、現代の上流女性は、女らしさも、金と力の源泉となる知性かしこさ社交性も持っているのである(三浦展『かまやつ女の時代』)(213頁)

 ≪恋愛が難しい時代≫
 ・男性であれ、女性であれ、コミュニケーション能力という性格によって、上流と下流に分かれていくのだ。そして言うまでもなく、上流の男性は上流の女性と、下流の男性は下流の女性と結びつきやすいのである。(215頁)⇒似たもの夫婦ということか(真中)

 ≪階層の固定化を防ぐには≫
 ・これまでの日本は「結果悪平等」。下流社会の基本方針として考えられるのは「機会悪平等」だ。所得の低い人ほど優遇される様々な措置である。
 ・完全な機会均等とは、親の経済力、職業、地域社会の特性など、子供が自分で選択できない外的な環境の差から来るすべての不平等をなくすということである。(266頁)
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 三浦 展 カルチャースタディーズ研究所主宰 本田由紀 東京大学大学院情報学環助教授 中央公論 平成18年4月号

 三浦:「自分らしさ」にこだわった結果として下流になるのではなく、下流だから「自分らしさ」を求めるしかない、ということですね。その解釈もありうると思いますが、いずれにせよ若者にとって、過度に「自分らしさ」にこだわることが、かえって自らを苦しめていることは否定できないと思います。

 本田:日本の問題は、非正規労働者の待遇が低いラインで平準化されていることです。かって日本の非正規労働者とは、主婦パートと学生アルバイトのことでした。ともに家計補助的に働く人たちであり、スキルを身に付ける必要もなかった。そこに企業の採用抑制のあおりを受けて、「失われた世代」の若者達がフリーターとして流入してきました。彼等は主婦や学生と状況が違い、自らで生計を営み職業キャリアを形成してゆくべき立場ですが、処遇は従来のレベルに据え置かれている。

 本田:実際には、社会の仕組みの影響が厳然としてある。日本の若者労働市場の特殊性にしても、高等教育の学費の問題にしてもそうです。結果としての格差拡大を議論する前に、機会が平等に与えられているか検証しなければならないでしょう。
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 「正論 平成18年4月号」

 ・コツコツと働く道を選ぶよりも、ステップを飛び越して、「一発逆転を狙ってみよう」ということになります。ミュージシャンやタレントとして成功したり、小説を書くとかいった道ですね。そうなると、自分の能力を信じる、あるいは信じるふりをするしかないわけです。でも現実には、そこで成功する確率は極めて低い。言い換えれば、確率の低い所にしか夢を描けなくなっているとも言えます。そして、結局はその大部分が成功できず、フリーターになっているのではないか。

 山田昌弘 東京学芸大学教授 文芸春秋 平成18年 3月特別号 

 下流社会を特徴づけるのは、生活水準の差というよりも、意欲の差である。ニューエコノミー経済で活躍できる見通しがある人は、学習、労働意欲が高まり、もっと上の生活を目指すことができる。しかし、活躍できないと諦めた人は、努力を積み重ねて格差をちじめるという努力をしない。彼等は、自分がもっと上の生活ができるとすれば、「運」によると思っている。未婚女性なら高収入の男性に自分の魅力を見つけてもらえば、セレブになれると思い、フリーター男性ならいつか自分の才能が見出され高収入を稼げるようになる日が来ると「夢」を見る。何度チャレンジしてもダメだった人は、諦めてフリーターやニートを続けることになる。
 玄田 有史 東京大学助教授 文芸春秋 平成18年3月特別号 

 ・ニートは「甘えている」「だらしない」など厳しい言葉が投げかけられる。しかし少しでも実態を知れば分かることだが、多くのニートは働く意欲を持っている。働けない人でも、当初はむしろ働く意味や目的を、誰よりも真面目に考えていた節すらある。

 その真面目さが仇となって、専門的な能力や対人関係能力がなければ働けないという過剰な思い込みにつながる。自分に働くのは無理だと勝手に諦めていたりする。多くのニートは、だらしないというよりは、不器用で真面目すぎるという方が、よほどピッタリする。真面目に働く意味など考え過ぎれば働けなくなることは、働く誰もが知っている。⇒「要領」と「打算」に徹すれば働けるのではないか。
 平井宏治 元自営業 65歳 正論 平成18年1月号

 《自立していたつもりの孤立》
 4年前、35年連れ添った妻を亡くし、昨年から完全にリタイアし、年金生活に入った。それは、いろいろな悲嘆のプロセスを経て、また友人、知人、身内の励ましと助けを得て、曲がりなりにも料理も一応マスターして、一人暮らしの自信ができたからだ。大好きな読書三昧の日々、天気が良ければ近所の公園へ散歩という毎日、まだ現役の友人達からは、うらやましいがられる自立した一人暮らしのモデルのような余生と思われ、自分もそう思っていた。

 だが、最近なんとなく心に穴があいたような空しさ、果してこれで一生が終わっていいのかしらという疑問が湧いてきた。よく考えてみたら、毎日の生活の中で他人との会話や世間とのかかわりがなかったことに気がついた。そんなある日、早朝のサイクリングを楽しんでいたら、近くの小学校の交差点で、数人の老人が黄色の旗を振って子供たちを誘導しているのを見た。その瞬間、ある事に気がついた。「これだ!」

 社会とのかかわり、他者とのかかわりをもって初めて「自立」といえる。何でもいいから社会に役立っているという自負、それができる喜びを感じて初めて人として「自立」ができる。それから、早速、私も参加して、以来、地元の人々との交流が自然にもてるようになった。私は、孤立していたのだ。やっと本当の自立ができた。きっとこんな「じいちゃん」を孫たちは喜んでいると思う。
 安藤慶太 産経新聞社会部 正論 平成18年4月号

 1.修業観の欠如:「何故働かなければならないのかわからない」

 2.動機の欠如:「自分は何がしたいのかわからない」

 3.能力の欠如:「やりたいことは見つかったが就職ができない」

 こうした若者の内面の問題こそ、ニート急増の本質的な理由といっていい。

 松浦光修 皇學館大学教授 正論5月号 平成18年

 ・今回の株式投資ブームで危険なのは、その市場に、小・中・高生などの未成年者を引き釣り込み、それのみならず、それが、あたかも「これからの賢い生き方」であるかのように、子供達に宣伝する大人たちが多数あらわれ、世論もそれに引きずられてしまっている、ということである。⇒危険だ

 ・常識的に考えて、若き日に「勤勉」や「質素」の美徳を実践し、その結果、蓄積した余裕資金のある大人が、リスクの伴う「投資」をする・・・、そもそも、それが「投資」というものの本来の姿のはずである。余裕資産のない者が「株式投資」に手を出すということは、どう考えても「投機」に過ぎない。あえて言えば「博打」であり、「賭け事」であろう。⇒その通り
 それらの背後にあるのは、要するに「勤勉」や「「質素」を厭い、「楽をしてお金をえたい」という単純な欲望である。⇒勤労意欲がなくなるのは事実である

 ・経済的に自立した人が資産形成を考えるのが順序である。自分で働いた金を持たずに資産形成をしょうと思ったら、詐欺や強盗をするか、宝くじを買うほかはない。
 松本敏男 神奈川 50歳 会社役員 SAPIO 12/13

 いじめ問題と憲法第9条
 子供達がいとも簡単にいじめを苦に自殺してしまうのは、憲法第9条を筆頭とする、闘うことを忌避する教育の結果ではなかろうか?

 一人の人間を国に例えてみれば、自分は「自分国」の国民であり、かつ大統領でもある。その国民がイジメがツライと弱音を吐いた時に「では、我が国は自殺しましょう」などと決断するリーダーがいるであろうか?

 イジメが伴えば我が国に対する攻撃と見なし、反撃する。これは当たり前のことである。クラスに溶け込もうと(外交努力)しても受け入れてもらえず、国連(先生)に言っても、同盟国(親)に泣きついても相手にされず、攻撃され続けるのであれば、当然の自衛権としてイジメの相手に自ら反撃せねばならない。

 ところが、小さな時から喧嘩は悪いこと、闘うことは悪いことと洗脳されてきているから闘うことを忘れ、結局自分を攻撃して自殺してしまう。まずは体力を鍛え、武術を習得し(軍備拡張)、自分に手を出せば相手も痛い目にあうことを相手に理解させねばならない。

 自殺する勇気があれば、刺し違えて相手も道連れにして死んでやる。それくらいの意地も度胸も育てることもせず、平和平和と念仏を唱えて闘うことを教えてこなかった教育の歪みのように思える。(松本敏男 神奈川 50歳 会社役員 SAPIO 12/13)
 西尾幹二 WILL 平成19年1月号

 ・死ぬくらいならその前にまず自分をいじめる相手を倒せ、となぜ教えないのか。それが生への道であり、自殺をなくす道である。

 ・社会の根底には不可欠な条件として暴力がある。国家は自己を維持するために二つの暴力装置、外には軍隊という、内には警察という組織を必要とする。その装置の国家による正当な使用は決して犯罪ではない。戦争も刑罰も犯罪ではない。
 日下部公人 評論家 WILL 平成19年1月号

 ・いじめの早期発見をいうならその第一号は被害者だから、被害者を勇気付けて、しかも守る方法を考えるのがよい。自殺くらいならいじめっ子と刺し違えて死ねと先生が教室で教えれば、それが抑止力になる。
 さかもと未明 漫画家 「正論」平成19年10月号

 ・諭されても、動けない。贅沢なのは分かっている。でも、心に澱(おり)のようになっている無力感はどうしょうもできない、と繰り返す。
 市原祐司 自営業 「産経」平成20(2008)年3月13日(木)

 戦前の教育が間違っていたとはよく言えたものだ
 「ゆとり教育」で「学力」はつかない、「生きる力」を身につけるとはいうが「落伍者」は増える一方、「人権教育」で「個性尊重」とか「共生」を教えているらしいが全然結果がでない。文科省、全教、日教組、自治労さんよ、一体全体この国の教育はどうなったいるのか。戦前の教育が間違っていたとはよく言えたものだ。以下引用。

 「高校中退者の多さ知り驚く」

 埼玉県内の公立高校で教師をしている友人から聞いた話だが、最近は些細な理由で学校をやめてしまう生徒が多いそうだ。先生が嫌い、部活でレギュラーになれない、クラスに仲のよい友達がいないーなどなど。

 修学旅行で友達と同じ班になれなかったのが不満で学校をやめてしまった女子生徒もいるそうだ。公立学校には、入学から卒業までの3年間に1クラス分、年によっては2クラス分の生徒が退学していく学校も少なくないという。
 深刻な事情で学業を断念せざるを得ない生徒もいるだろうが、最大の問題は、考え方や意見の異なる相手と今の子供たちが共生できなくなっていることではないかと思われる。個性が何より大事だと教えられて育った子供たちにとって、他人に合わせたり、折り合いをつけて生きていくことは耐えがたい屈辱なのかもしれない。

 これまでの教育が子供の幸せにつながっていたのか、改めて考え直したい。(市原祐司氏 自営業 「産経」平成20(2008)年3月13日(木))
 片田 珠美 神戸親和女子大学教授 精神科医 「諸君」2008年8月号

 アメリカの犯罪学者レヴィンとフォックスは、42例の大量殺人の研究にもとづいて、典型的な犯人像を次のように描写している。
 「行為化は、、目的が達成されず、長期間にわたって続いた欲求不満の結果であり、引き金となる出来事によって惨劇の幕が急激に切って落とされる。冷淡、悔恨の欠如、責任の否認が共通して認められる特徴である」
 また、大量殺人を引き起こす要因を6つ挙げている。
 A:素因
 @長期間にわたる欲求不満
 A他責的傾向

 B:促進要因
 B破滅的な喪失
 C外部のきっかけ

 C:容易にする要因
 D社会的・心理的な孤立
 E大量破壊のための武器の入手

 ・成熟して大人になるということは、ある意味では自己愛の傷つきの積み重ね、つまり誇大的な自己イメージを喪失していく「断念」の過程でもあるわけだから、それを拒否している彼らに認められるのは「成熟の拒否」である。

 ・自らの過ちや欠点と同じものを他人の中に少しでも感じ取ると、激しく非難、攻撃するのも、この投影による。自らの内なる悪を外部の他者に投影して激しく攻撃すれば、そのようないまわしいものが、自分自身にはないかのように振舞えるわけだから。
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