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保守主義(T)
八木秀次 石原慎太郎 深田 匠 佐伯啓思 伊藤 貫 中西輝政 潮 匡人 光原 正 遠藤浩一 山本一太 東條由布子 三好 達 佐藤健志 佐藤 優 平沼赳夫 真中行造
 八木秀次 高崎経済大学助教授 正論11月 平成16年度

 ・その罪とは何か。ひとことで言えば父祖の歴史を受け止める感性の喪失だと思うのです。死者の言葉は存在しないものとされ、今生きている我々だけの水平的価値観だけで物事を断じ、日本という国の行く末を決しようとしてきたことが、今の混迷と荒廃をもたらしている。そんな気がしてならないのです。

 ・その痛みとは、「国靖かれ」と願って斃れた英霊に語りかける言葉を、果して自分は持っているか。また英霊の言葉を聴くことができるか。そうした思い、情念が自分にはあるかという問いかけです。

 ・別れを告げたおじいちゃん、おばあちゃんは、仏壇なり神棚なりに、あるいは壁にかけた写真でもよい。お墓とは別に家の中にちゃんと占める場所があった。

 ・「国家は祖先から我々を経て子孫へ繋がっていくものであるから、この一世代で完結するように思ってはいけない」ということです。歴史認識も靖国神社も歴史教育も安全保障も、道徳の問題もそうでしょう。さまざまなことをそういう発想から論じなければならないと思いますし、保守的な言論hが受けているのだとすれば、そのような発想が戦後欠落していたことに気づく人が増えてきたということでしょう。
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 「論座 2006.5」
 八木:保守的な言論は、アカデミズムやジャーナリズムの世界では今なお絶対的少数派、特にアカデミズムでは完全にパージされたような存在です。

 西部:かってエドマンド・バークが言ったように、保守思想の取るべき態度はリフォーム・トゥ・コンサーブ、つまり「伝統を保守するために現状を改革せよ」ということでなければなりません。⇒日本の場合、「伝統」の重要性への理解が不十分だ。「皇位継承問題」に見られるように、「男系」が伝統なのに、「女系」を認めたりする。何が「伝統」であるかがわかっていないみたいだ。なにごとも「改革」で、伝統が変わってもなんとも思わないところがある。気をつけないと取り返しのつかないことだって起りえる。

 
八木:一方で、アメリカによって日本の国家構造が変えられようとしていることもわかってきた。それは具体的な問題として、ライブドア問題に見られる市場原理主義、BSE、耐震偽装などの問題にはっきり表れてきました。アメリカ政府が日本政府に突きつける「年次改革要望書」というものがあることもわかってきた。(中略)日本とは異質の文化・文明を持つアメリカが日本の国柄を大きく変えようとしている、それでいいのか、と保守論壇を含め最近多くの人が気づいてきた。

 西部:戦後の左翼思想には「虚偽があり欺瞞があり偽善がある」

 八木:最近、保守系が左派系の言論に理屈で負けたことはない。

 八木:私が説得力を感じたのはヨーロッパ中世の法思想で「古きよき法」という発想です。古くから今日に至るまで存在しているもの、すなわち伝統はよきものだという考え方です。それは過去から今日に至るまでには、幾世代もの数え切れないほど多くの人たちが存在し、今日の我々と同じようにそのつど悩み判断し悪しき者を切落してきた。時間、歴史の経過によって選別され洗練されてきた。その結果としていま存在しているものは「よきもの」だという考え方です

 西部:第三世界がナショナリズムを唱えたら「よしよし、アメリカに逆らって盛大にやってくれ」と拍手しながら、自分の国のこととなると、「ナショナリズムは危険である」と目くじらを立てる姿というのは、日本の文化の体系から制度までを崩壊させるものです。

 西部:戦後60年にわたって「あの戦争は侵略戦争でした」と言って、日本は謝罪外交をしてきた。ところが、体内的には靖国神社に参拝している。靖国は英霊を祀る場所であって、その英霊というのは国家のために貢献した戦死者の秀れた魂のことですよ。そうであるなら、参拝自体があの戦争を肯定していることになる。これは明らかに二枚舌であって、国際社会を説得することができない。ここで日本は「いろは」の「い」に戻って、10年かけても20年かけても、「あの戦争を自分たちはこの次元では否定せざるを得ない」と、しっかりした戦争解釈を対外的に示して、しかる後に公式参拝に踏み切ればいい。そうなるまでは、僕は靖国参拝は棚上げしたほうがいいと思います。⇒「あの戦争を自分たちはこの次元では肯定せざるを得ない」ではないのか(真中行造)

 八木:(中国は)靖国参拝を批判して、日本の若者が二度と国を守るために戦おうとしなくさせるという作戦でしょう。

 西部:むしろ今こそ最後の活力をふりしぼって、「ナショナルリズムの復活を」と言わなきゃいけないところまで、戦後日本は進んできてしまったんじゃないか。

 八木:今、日本人の多くが自覚すべきなのは日本の「国柄」の維持ということです。長い歴史を経て形成された日本の国柄が中国からもアメリカからも壊されようとしているのです。そのためのナショナリズムの高揚ということであれば大いに結構なことだと私も思います。

 八木:自主防衛ができず、アメリカに自国の安全保障を頼らざるを得ない日本にとって、それだけにアメリカは本当に厄介な存在です。少なくとも思想の分野ではアメリカは日本にとってどういう存在かを大いに議論すべきでしょう。今後の保守論壇の課題はそんなところにあるでしょうね。
 石原慎太郎 作家・東京都知事 正論11月号 平成16年度

・守らなければならないもののためにあえて運命に殉じた姿は何人にも否定され得ないし、そこにこそ私達が真摯に受け止めるべき垂直の情念gだ込められている。

・彼らの遺書に「天皇陛下万歳」「大日本帝国万歳」といった表現を見ることはできても、彼等が見をもって守ろうとしたのは決してそうした抽象的な観念ではなく、もっと身近な肉親や、恋人や友人、それらを束ねた同胞というつながりであり、それを育んでくれた懐かしい祖国の山河だったと思います。そうした思いを抱いてこそ彼等は死地に向って行けた。

・「あの人たちはお国のために尊い命を犠牲にしたんだよ。たった一つしかない命を投げ打って死んでいったんだよ。それを忘れたら罰が当るよ。日本人なら忘れてはいけないことなんだよ」。

・「こんな棒杭の墓では済まないけれど、みんなしばらくがまんしてください。今皆さんの墓を作ったりすればすぐ壊されてしまうからね。こんな棒杭なら壊しにくる人もいないだろうからね。その代わり、毎日お参りにくるからゆるして下さい」。私なりに思いを馳せてみれば、トメさんには戦争への恨み節はなかった。特攻で亡くなった若い人たちのことが不憫でならず供養を続けられたのではないかと思うのです。

・私は軍国少年だったから敗戦は口惜しいなあと思ったけれど、よりショックだったのは、昨日まで「天皇陛下のために死ね」「撃ちてしやまん」と言っていた大人たちが百八十度豹変したことです。

・「俺達もあとから行く」と言って特攻隊員を命令して送り出した上官のほとんどが戦後も生き延びたこともまた事実です。人を死地に赴かせた者の責任の重さを考えたとき、それに何の痛みも感じないとすれば、それは救いがたい堕落と言わざるを得ない。それは坂口安吾の「堕落論」の再生のための基点としての堕落とは違う。その堕落は、再生した経済社会のなかでも依然として延々続いている。戦後日本が抱え込んだ根源的問題の一つがここにあります。

・いっそ北朝鮮からテポドンミサイルが飛来して日本列島のどこかに落ちれば良い。そうすれば日本人は否応もなく覚醒するでしょう。歴史的に培った今は眠っている垂直の情念に再び炎がともって、日本は起つことができる。希望というのは絶望の奥底にあるものでしょう。
 深田 匠著 「日本人の知らない『二つのアメリカ』の世界戦略」高木書房より

 ≪保守主義の反米主義者に問う
 1943年11月、南京の汪兆銘のもとに赴いたチャンドラ・ボースは、蒋介石重慶政権に対してラジオを通じて「これまでアジア諸民族の解放と結集の傷害になっていたのは、ひとつは西欧帝国主義の存在、もう一つはアジア弱小諸国へ援助の手を差し伸べるアジア勢力の欠如にあった。今や後者の役割をひとり日本のみが演じている。しからば重慶の諸君は今日、何者と戦っているのか。重慶の諸君は、敵と手を組み、味方とたたかっているのではないか。諸君はしばらく休息し、熟考し、しかして決意する用意はないか」と呼びかけた。私はこのボースの言葉に習って「共和党ブッシュ政権や世界新秩序構想を批判する日本の保守派に呼びかけたい。「これまで日本の自立と再生の傷害となっていたのは、ひとつは自虐史観と妄想平和主義、もう一つは「強い日本」を望む外国勢力の欠如にあった。今や米民主党といった敵を利して、味方の共和党を非難しているのではないか」(429頁)。

 アーミテージ国務長官は親日派で有名な人物だが、副長官就任後に様々な場で「日米は対等なパートナーになるべきだ。日本は独立した強い国軍を創設し、日米安保も片務性(アメリカが日本防衛の義務を負う)から双務性にしなければならない。日本はより大きな責任を持ち、同時により大きな自立性を持つべきである」と述べ、日米が米英のような対等の同盟国になることを勧めている。つまり我々が長年嘆いていた「米国の従属国」から脱皮して「対等なパートナー」となるために強力な国軍を持てと勧めているのである。この日本の完全な自立を求めるストロングジャパン構想をまとめた『アーミテ―ジ・レポート』が、共和党ブッシュ政権の対日方針の基本に位置づけられている。アーミテージの語る日本のあるべき姿、それは我々保守陣営が長年悲願として追い求めてきた日本のあるべき姿そのものではないか。土下座外交を続ける卑屈な弱々しい日本を憂うる愛国者たちの悲願、故国に思いを残して散華した戦友たちに「日本再生」を誓った元軍人たちの悲願、中韓に媚びつづける「歴史の偽造」に憤る自虐史観修正派の悲願、私達が長年追いかけてきた見果てぬ夢であったもの、それは「誇り高き自存自衛国家としての再生」であった筈だ。それを共和党政権が日本に求めて後押しをしょうとしている時に、保守が反米を唱えることの無意味さに気付いてもらいたいのだ(431頁)。

 敵は中共、そして米民主党なのだ。一方、反共の共和党は中共の敵であり、同時に民主党の政敵でもある。日本が「敵の敵」までも敵に回せば、もはや日本に味方するものはなくなる。その先に待つのは中華圏の卑屈な小国としての未来しかない(431頁)。

 反米といっても漠然とした感情のものから、具体的な理由のものまで色々とあることであろう。例えば「米軍基地を置かれていることが占領状態」と受け取る人もいる。しかし米軍基地は世界各国に設けられており、少数ながらイギリスにも米軍は駐留している。在日米軍は42,000人だが、ドイツ駐留米軍は、72,000人であり、しかしそれをもって「ドイツはアメリカの属国だ」ということにはならない。米軍の駐留や米軍基地の存在は「同盟国の証し」のようなものであって、日本の自立を阻む問題は安保条約の片務性なのである。そしてそれを改めないというのがブッシュ政権なのだ。現に共和党右派のP・ブキャナンなんかに至っては「米軍基地撤退と日本核武装」をセットにして主張しているぐらいである。米民主党のウイークジャパン主義者は「日本は軍事的に自立すべきでない、アメリカの被保護国のままでよい」と主張しているが、共和党のストロングジャパン政策は、我々日本の保守陣営と考え方を同じくするものに他ならず、つまり国は違っても保守は保守同士だからこそ分かり合えるのだ(431頁)。
 
 <経済の面でも中共と米民主党は日本の敵
 「アメリカ資本(ハゲタカファンド)が日本の資産を食い荒らしている」という反米論者の場合だが、バブル期には日本企業もアメリカや外国の不動産や企業を買収していたではないか。「高くかったものを安く買い戻されて日本だけが損をした」とこぼす人もいるが、それは商売下手だったというだけのことだ。買われたものは、将来また買い戻せばいいのだ。それが自由主義経済である。そして前述のとおり日本企業を食い荒らしている米資本の大半は民主党系の企業であり、共和党系とされる企業で日本でこんな火事場荒らしのような動きをしている企業は皆無に近い。本当の二大政党が併立する国では、大企業もどちらかの系列に属しており、とりわけ投資や買収を行う金融企業はユダヤ系が中心のため例外なく民主党寄りである。日本経済はクリントン政権下において、民主党グローバリストの世界金融管理戦略に基づく計四次に渡る為替(超円高)と金利(超低金利)の外圧攻撃を受けて大きなダメージを負ったが、反グローバリズムを党是とする共和党がそんな外圧をかけたことはない。経済においても「アメリカは二つ存在している」という視点を忘れてはならないのだ。
 そしてむしろ問題なのは中共の企業が日本のハイテク技術系中小企業を買収しているような現状である。その技術の中の有用なものは、必ずや日本へ向けられる軍事技術に転用される。また日本企業の多く、とりわけ製造業は人件費の安い中共へ製造工場を移しているが、その製造技術は確実に着々と盗まれており、いずれ近い将来において高性能で低価格の中共製品が日本へ輸出されることになる。そうなると価格的に日本製品は競争にならずに壊滅していき、日本中が失業者であふれることになるのだ。つまり経済戦争の敵も中共と米民主党だということである。

 ≪亡国の外務省と日本の迷走
 歴代共和党政権が全力を挙げてソ連と冷たい戦いを展開している時期に、日本は一体何をしていただろうか。「安保反対」の赤いデモが国会やアメリカ大使館を取り囲み、最盛期には加入率8割を超えた日教組及び全教が反米親ソの赤色イデオロギーを子供たちに吹き込み、歴史教科書はマルクス主義史観で埋め尽くされ、共産党は勿論のこと野党第一党の社会党もソ連から金をもらって反米政治活動に励み、アメリカに無断で中共に莫大な軍拡費用を貢ぎ続け、そして今日でもアメリカ大使館前を反米デモが囲んでいる。かっては反米親ソ派、そして今は反米親中派の左翼勢力がいたるところでのさばっている。この国の現状にめをつぶって「日本はアメリカの属国でない」と反米を叫んでも、ただ恥かしいだけではないだろうか。共和党政権が日本を対等なパートナーたらんとする方針を打ち出したことに対して、我々保守派は今何をするべきなのだろうか。それは国内の左翼勢力と外務省チャイナスクールを筆頭とする中共シンパをあらゆる手段をもって叩き潰していくことではないのか。例えば新陽の領事館強制侵入事件で、「とにかくことを荒立てるな」と述べた中江要介元中国大使は、平成16年6月に総評会館で催された極左集会に出席して「日本が行った朝鮮半島支配に比べれば、日本人拉致など問題にするべきではない」と言い放っている。こんな中朝の手先が日本の中枢にはまだ山ほどいるのだ(465頁)。

 ≪祖国を蝕み「内なる敵」を斬る!
 16世紀イギリスから発祥した「人間は自由かつ機会平等」という本来の意味でのリベラル(自由主義)とは、現代の日本に置き換えるとコンサーバティブ(保守主義)の思想と同一のものとなる。一方、共産党の一党独裁支配により自由を弾圧し、強烈な不平等階級社会(例えば北朝鮮は「三階層・51分類」)を構成するマルクス主義とは、完全に反リベラルの思想である。しかし何故か日本ではマルクス主義を信奉する左派の政治家がリベラルを自称するという不可解な現状にあるのだ(471頁)。

 区別することを(差別)だと捉え、機会平等ではなく全て結果平等にと考える発想はマルクス主義である。つまり日本で平等主義を掲げてリベラルを自称する勢力は、欧米知識人から見れば「旧ソ連や中共に同調してきたマルクス主義者」以外の何者でもない。
 佐伯啓思 京大教授 「正論」 平成17年度10月8日(土)

 ≪望ましいのは政界の再編
 ・今後、望ましいのは、自民党、民主党ともにもう一度、分裂、再編がなされ、「保守」「自由主義」「社会主義」の三つの勢力に分かれることである。
 もし、二大政党になるなら、「保守」と「自由主義」の対立である。そして、「自由主義的改革」がある程度進展すれば、これに対抗する本来の「保守」の理念が求められることになる。
 その時、戦後日本において初めて、「保守」とは何か、いいかえれば、今日、日本が「保守」し、子孫たちに残すべきものは何か、という問いが真に浮上する。しかし、それまでにはもう少し時間を要するようである。

 「リベラルからの反撃」 論座編集部 朝日新聞社

 ・「保守的であることは、見知らぬものよりは慣れ親しんだものを好むこと、試みられたことのないものよりも試みられたものを、神秘よりは事実を、可能なものよりも現実的なものを、無制限なものよりは限度のあるものを、遠いものよりは近くのものを、有り余るものよりは足るだけのものを、完璧なものよりは重宝なものを、理想郷における至福よりは現在の笑いを、好むことである」(イギリスの哲学者マイケル・オークショット「政治における合理主義」勁草書房より)

 この考えに私は賛成だ。そしてそこに次のことを付け加えておきたい。われわれの行動や思考は、我々の生に対して方向付けを行っている無意識の習慣・制度や、共同体の価値などから決して自由ではありえない。そのことに自覚的であることもまた保守的であることの条件である、と。
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 「諸君 12月号 平成18年度」

 佐伯:(京都大学教授)
 関岡英之:(評論家)
 西尾幹二:(評論家)


 「保守」を勘違いしていないか
 《村山、河野談話を認めた理由は・・・・》
 西尾:今回の歴史認識をめぐる圧力の出所は、どうもアメリカではないか。「中韓とうまくやれ」という指令に過剰に反応したのではないか。

 《アメリカと共有できない価値観がある》
 西尾:なるほど、いまのお話は、安倍新総裁が靖国問題や東京裁判などをめぐっていち早く腰砕けになりつつあるのは、アメリカからの強い風に吹かれ、動かされているせいではないか、という私の推測とも符号します。つまり、アメリカは今も昔も、アメリカの歴史観、アメリカの正義を受け入れろ、と要求し続けているわけですね。

 佐伯:神道、仏教、武士道といったものに蓋をして、表向きは米国と同じ、歴史を欠いた「近代的な自由主義国家」として、作りかえられてしまったのです。日本の「保守」を考える上で難しいのは、こうした伝統的な価値観を保守し改憲を唱えるべき立場の人々が、米国との「価値観の共有」を口にしがちだというジレンマ、二重構造が今日まで続いている点です。⇒対中国を考えた場合、共通の価値観は、「自由」、「民主主義」、「法治主義」の三点だけでよいのではないか

 西尾:アメリカと我々が共有する「自由と民主主義」は政治制度のうえの単なる「枠組み」であって、「価値観」とはいえない。

 西尾:第一は、大東亜戦争は敗れて国益には反したけれど世界史的には意義のある正しい戦争であったという民族の自己認識です。私は「大祖国戦争」と思っています。これはアメリカとは絶対に一致しない「価値観」ですよね。
 第二は、明治以来の近代日本がずっと目標にし、学習してきたのはヨーロッパ文明だということです。明治以前は古代中国文明でした。今日本人の血肉と化したヨーロッパ文明が他のアジア諸国、たとえば現代の中国と日本とを区別している「価値観」だということを、われわれは忘れかけています。あっさいアメリカの価値観に同調させない「内なるヨーロッパ」が日本にはあるのです。

 《アメリカ的保守は保守ではない》
 佐伯:ヨーロッパにおける「保守」とは何か。それは文化的伝統と社会秩序の重視です。そこにはある程度階級的なものを含んでいる。たとえばイギリスにおいては、王侯貴族階級が守ってきたような伝統的文化を重視する、それがヨーロッパにおける本来の保守なんですね。一方、そうした伝統を打ち壊し、物事を理性的に捉え、社会を計画的に設計していけば理想的な社会が出来上がると考えたのが、フランス革命以降のさまざまな革命思想です。それに対して、保守主義の祖である英国のエドマンド・バークは歴史的に形成され、伝統として守られてきたものの中にこそ、人間社会の叡智があるとして、フランス革命を徹底的に批判しました。

 佐伯:そうした欧州の保守主義が、アメリカに持ち込まれるとどうなったか。そもそもアメリカには王侯貴族階級もなく、守っていくべき伝統的文化もなかった。そこで、建国の理念でもなる自由な土地所有や、個人の能力主義、プロテスタント的な信仰を背景にした強い個人を守ることが、「保守」と呼ばれるようになってしまった。

 佐伯:要するに、アメリカ流の「保守」の核にあるのは、伝統も社会秩序もないフロンティアで自らの力だけを頼りに生き抜く強い個人であり、それがアメリカ型の能力主義、技術万能主義、市場による競争への信奉につながっていく。欧州の保守主義とは対照的に、理性や技術による、絶えざる破壊的創造をも厭いません。つまり、欧州流の保守からすれば、アメリカ型の保守は、むしろ自分達と敵対していた「リベラル」とそっくりに見える。同じ「保守」という言葉に、ヨーロッパとアメリカでは、このように時として相反するような概念が込められているのです。

 関岡:アメリカ型の保守思想を経済に反映したのが、いわゆるシカゴ学派的な経済思想ですね。「選択の自由」を唱えたフリードマンのように、自由競争、市場経済を絶対視し、現在のグローバリズムの思想的支柱になっています。

 佐伯:アメリカ的な「保守」を、ヨーロッパや日本のように固有の歴史と文化的伝統を持ち、独自の社会秩序を形成してきた社会に持ち込むと、かえって破壊者としての側面が強く出ることになるのです。

 関岡:そうすると「アメリカ文明が普遍的な価値を体現しているいる」などという見方は大いなる幻想であって、アメリカこそが特殊な文明なのですね。個人の徹底的な自由を重視するアメリカ的保守は、最終的には政府の極小化を帰結し、無秩序、無政府状態を招きかねない可能性を内包しています。

 西尾:米中は個人万能のアナーキズムか国家絶対の全体主義かの両極端に走ってしまうのです。

 佐伯:アメリカ文明の最も基本的な特徴は、先述したようにひとつは徹底した技術主義であり、もうひとつは大衆主義です。アメリカはヨーロッパのように伝統がないから、常に新しいものを生み出して、大衆に対して喜びと希望を与えていくほかない。これをヨーロッパ文明の文脈で見ると、まさにニヒリズムの極地であり、もっとも「保守」から程遠い精神なんです。

 佐伯:日本でも、「強い個人」というような抽象的、一般的なものから出発するアメリカ型の「保守」を相対化して、固有の歴史を見据えて、文化的伝統を守り、日常生活の中にある大事なもの、たとえば宗教的なものの尊重や、共同体的な関係の維持、再生を考えていくことが、新しい真の「保守政治」の課題となるはずです。「新保守」ではなく、「真保守」が大事であると言いたい。

 《竹中路線継承?経済政策にも不安が》
 西尾:中曽根さんと小泉さんは仲が悪いように言われていますが、アメリカ型競争社会をモデルにした思い込みの強さではお互いさまで、前者は「民活」、後者は「民営化」と言葉こそ違え、マーケット至上主義では同一であり、しかもだんだん過激になっている。中曽根さんの当時は「日米貿易摩擦」といわれていた。まだ「摩擦」があったんです。それが今では「摩擦」ということばすら言われなくなってしまった。日米一体化がそれだけ進行しているのです。
 安倍政権が掲げた教育改革は中曽根臨教審の「教育の自由化」の考え方、学校までもマーケット至上主義に巻き込むアメリカニズムとずっと一本線で繋がっているようにみえます。

 関岡:安倍政権もアメリカ流保守が掲げる経済改革路線を突き進むことになるのでしょう。

 《郵貯・簡保が切り刻まれる日》
 関岡:私は、民営化は郵貯・簡保解体のひとつのステップに過ぎないと考えています。いまのままだと、簡保は業界一位の日本生命の4倍もの規模です。外資系の保健会社からすると、とてつもないライバルが突如として出現することになってしまう。したがって、彼らが次に狙ってくるのは、公正取引委員会を使って、市場独占批判をすることです。旧郵貯、旧簡保のような巨大なシェアを占める企業は独禁法違反だから、地域で分離しろといった要求が出されることになるでしょう。このままでは、郵貯も簡保も食べやすいサイズに切り刻まれた上で、次々と外資に飲み込まれていくという経緯をたどることになると私は予感します。・・・・極論かもしれませんが、独禁法を廃止して、談合を合法化すべきではないかと提唱したいくらいですね。

 《ステイトよりネーションを守れ》
 西尾:私にいわせれば、教育改革とは「国語国史の確立」、これだけで十分です。日本語と日本史ではなく、国語と国史ですよ。

 佐伯:今の指摘が非常に重要なのは、そこに「ネーション)」と「ステイト国家)」の違いが込められていることですね。安倍さんは「ナショナリスト」と呼ばれるし、自分でもそういう自覚がおありでしょう。しかし、私は、本当の意味のナショナリストではなくて、ステイティスト国家主義者)ではないか、と思うんです。

 教育にしても、経済にしても、あるいは憲法問題にしても、グローバルな世界の中で日本という国家が自立し、より強くなることについては関心がある。しかし、それはネーションではなく、あくまでもステイト(国家)に対する関心です。ネーションとは繰り返しになりますが、国民の持っている文化的伝統であり、歴史であり、それに基づいた国民的精神結集力です。安倍総理が、そうしたネーションを強くしょう、再生しょうと考えているようには残念ながら感じられない。

 佐伯:小泉改革は、一時的に国家(ステイト)を効率化し、強くするように見えてもその実は、根っこにあるネーションを傷つけ弱め続けていたのです。根であるネーションが衰えれば、結局はステイトも衰亡していく。これはまさに歴史が教えるところでしょう。
 だから、安倍さんがナショナリストであれば、「小泉前首相が行ってきたステイと強化のための構造改革をこれ以上進めることは、ネーションの分断に繋がる」と明言し、市場万能主義の改革路線を修正しなければなりません。

 関岡:安倍さんが唱える「再チャレンジ」は、そうした小泉的分断への危機感のあらわれとはいえるでしょうね。このまま格差を放置すれば、確実に国民の一体感が失われていくばかりですから。
 現時点ではフリーター、ニートの連中は、まだ親の蓄えで食べていっています。しかし、今後5年10年と経つと、親の財産を食いつぶしたニート層は、本物の無産階級と化してしまう。日本に突然、膨大な無産階級が生まれた所に、左翼陣営に小泉さんのような破壊的なポピュリスト、煽動家が現れたらどうなるか。絵空事のように思われるかもしれませんが、これには既に実例があります。80年代から90年代にかけて、民営化とM&Aの自由化のなかでアメリカ資本に食い荒らされた南米では、ブラジルでもベネズエラでもボリビアでも左翼政権が誕生している。「日本の南米化」は悪夢ですが、現実にならないという保証はないのです。

 西尾:同様の悪夢は企業社会でも進行しているように思えます。キャノンは株式の50%近くを外資が保有し、正社員は6割に過ぎず、あとは派遣社員という構造になっています。そうなると、当然、正社員と派遣社員の間に所得格差が広がっていくことになる。
 こうした事態がどんどん進行してすると、やがてこんな事態が出現するのではないか。外国人社長は年収二百億円、一握りの重役が一億から5千万円で、大多数は年収三百万円で働かされる社会。しかも正規採用ではないから、いつ解雇されるかわからない不安に脅えているー。私がこう言うと、必ず「日本は賢いから、そんな事態にはならないだろう」という反論が返って来ます。私も日本人の知恵と伝統を信じますよ。しかし、現在の改革の論理が内包している危険性に気がつかないのは、奇妙なことだと思うのです。
 日本の保守言論界は、靖国や防衛や歴史のことだけでなく、もっと経済を論じるべきです。⇒左翼は「平等社会」を謳いながら「不平等社会」を実現した。中国共産党にいたっては「開放・平等」を謳いながら「抑圧・不平等」のままである
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 「中央公論 平成19年 2月号」

 ・ウオ−ラースティンは、フランス革命は、近代社会に三つの思想を生み出したという。自由主義、社会主義、そして保守主義である。重要なのはこの順序であって、まさにこの順序で近代の思想は生み出された。自由主義、社会主義の後に、それを懐疑するものとして保守主義がやってくるわけである。保守主義を打ち破って近代の進歩が始まったわけではない。言い換えれば、近代における最も「反体制的な思想」こそが保守主義にほかならないのである。

 ・保守政治者による自由主義批判の核心は、自由主義は要するに全体主義のための『おとりのヤギ』だという点にある。すなわち、社会内の伝統的権威や役割から人々を解放するという不断の努力を通して、自由主義は社会構造を弱体化し、『大衆型』の人間の増加を促し、そのことによって、出番を伺っていた全体主義者を招き入れたというわけだ」(ロバート・ニスベット『保守主義・・・夢と現実』昭和堂)

 ・バークやトクベルから始まる保守主義の伝統には、おおよそ次のような要素が含まれているといってよいだろう。
 本来の保守主義
 @抽象的な理想よりも、現実にある具体的で身近なものへの愛好
 A合理的な社会設計よりも、非合理的な慣習の中にある安定したものへの信頼
 B信頼できる家族や地域や自発的集団への愛着
 C国際的なグローバリストであるよりも節度ある愛国心をもつこと
 D強力な国家主義と、自由放任主義的な個人主義、市場中心主義への懐疑
 E自由や民主主義の絶対化、普遍化に対する警戒
 Fとりわけ民主主義が陥りがちな大衆化、大衆迎合政治への批判。

 ・アメリカにおける建国精神への回帰という意味での「保守」は、イギリスにおいては「保守主義」とは対立する「自由主義」ということになる。端的に「自ら『保守主義者』を名乗っているアメリカ人は、実際には、自由主義者である」
 伊藤 貫 国際政治アナリスト 正論12月号 平成18年度

 「これが日米両国憲法の欠陥だ」

 ロバート・ボーク:元訟務長官・連邦高裁判事
 ボーク:「ジェファーソンとマディソンが独立宣言と米国憲法を起草したとき、彼らは、当時のアメリカ人が共有していたキリスト教倫理・伝統・道徳規範を守り続けることを当然の前提として、『自由』や『権利』の重要さを強調した。ところが20世紀のアメリカ社会では、これらの共通した倫理・伝統・道徳規範が衰退してしまった。共通した倫理と伝統を失い、『自由』と『権利』ばかりを主張する個人が自己満足だけを追求しょうとする社会は、おそるべき社会だ。こんなことになるとは、米国憲法の起草者達は予想もしていなかった」。

 ボーク:「18世紀の啓蒙思想家ージョン・ロック、モンテスキュー、アダム・スミス、ジェファーソン等ーは、人間の本質的な性格に関して、深刻な判断ミスを犯していたのだと思う。彼らは『人間は理性的存在だ』と信じていたのだ。人間の『理性』とかいうものを、あきらかに過大評価していたのだ。それとは対照的にバークは、『秩序と道徳の存在しないところには、自由も存在しない』と述べていた。彼は『自由』というものを『秩序と道徳』によってバランスさせる必要性を、明確に理解していたのだ」。

 1960年代から、「自由社会においてこそ、国民が共有できる道徳・伝統・秩序が不可欠の要素である」と大胆に主張し続けてきたロバート・ボークが、伝統的な秩序と価値規範を破壊することを政治目的としてきた民主党系の戦闘的フェミニストポスト・モダン派の「インテリ」から蛇蠍の如く嫌われてきたのは、当然のことであった。

 《リベラリズムの変質》
 ボーク:ミルの政治思想には、二つの流れがあります。ひとつは規律禁欲を重んじた、古典的なリベラリズムです。もうひとつは彼の「自由論」にみられるように、自由放任の態度を過度に強調して、後世に悪い影響を残したリベラリズムです。・・・・・私自身は、「個人の自由」という観念は、常に「個人の責任」という観念によってバランスされる必要があると思います。⇒「両価性」の必要性

 ボーク
:「一人一人が、何でも好き勝手なことをやってもいい」というタイプの個人主義ではなかったのです。しかし最近のアメリカの個人主義とは、「個人がどんな無責任・無節操なことをやっても、他人は干渉するな」という個人主義です。しかも過去50年間、連邦最高裁はそういうタイプの個人主義を容認する判決を出してきた。法律というものは「没道徳的」であってよい、という態度です。

 ボーク:経済的な財やサービスでは、質の悪い商品を売れば消費者はそれを買わないから、自然淘汰されていきます。しかし文化思想のマーケットでは、低質のものがよく売れて高質のものが廃れていく、という傾向があるのではないでしょうか。・・・・・私は、「言論の自由」や「表現の自由」という憲法上の根拠を使って猥褻物の商品化が許容されている現状に、賛成できません。米国憲法によって保障された自由を暴力行為(クーデター、テロ等)によって破壊することを主張する右翼と左翼の暴力思想の宣伝に対しても、制限があってよいと思います。

 ボーク猥褻物を商品化する行為は、人々の価値観と知性を低劣化させています。猥褻な「文化商品」が氾濫することは、社会的にマイナスになっています。ポルノは今や、アメリカの巨大産業です。これがアメリカ国民の知性と思考力を低下させていることは、明らかですバイオレンスの表現や宣伝に対しても、制限が必要だと思います

 《多文化主義の社会破壊》
 伊藤:ボークさんは、「共通の文化的伝統や価値規範を守らない社会は、自滅してしまう」というお考えですね。

 ボーク:最近のアメリカは、この共通した文化的伝統や価値基準を失ってしまった。いわゆる多文化主義とかいうものは、いずれアメリカ社会を破壊してしまう可能性があります。

 伊藤:20数年前、私がコロンビア大学で「独立前のアメリカ知性史」という講義を受講していた時、後にニューヨーク州副知事となったベッツイ・マッコイ助教授が、共和党支持者であることを隠そうともしないので驚いたことがあります。講義の後で、「アイビーリーグの大学で、共和党支持者であることがばれてしまう内容の授業をやって、大丈夫なのですか」と訊いたら、彼女は少し興奮した口調で、「コロンビア大学の同僚から、自分がどれほど意地悪されているか」そして「アイビーリーグの95%、たぶん97%の教師は、民主党員だ」と教えてくれました。米国諸大学の教職ポストの民主党左派による独占は、ちょっとひどすぎると思いませんか

 ボーク:その通り。アメリカの大学で生徒達が教えられているのは、まともな知識ではなく、左翼のイデオロギーに過ぎない。ひどいものです。学生達はきちんとした質の高い知識を教えてもらえず、無知な状態のまま学校を卒業してしまう。やはり60年代の学生騒動の悪影響でしょう。あの時期に騒いだ連中が大学の教師になってから、アメリカの大学教育は独善的で教条主義的な、つまらないものになってしまいました。

 《功利主義と宗教》
 ボーク:マテリアリズムは駄目ですね。すべてのことをカネ損得から計算するようになると、家庭制度はもたない。福祉国家では、歳をとったら国家のお世話になればいいわけですから、子供なんかいらない、ということになります。しかもそもそも、子供というのは邪魔物です。私にも子供が三人いますが、あの連中は本当に邪魔物だった。だから損得の計算からすると、「子供なんかいないほうが便利だ」ということになりかねない。

 ボーク:フェミニストのように「個人の満足」だけを判断基準としてものを考えるなら、家庭制度社会制度は維持できないでしょう。

 伊藤道徳規範というのは、「功利満足とは別のものを源泉としているからです。・・・・道徳規範の源泉とは何ですか?社会の伝統的な価値判断ですか、宗教ですか、それとも哲学ですか

 ボーク宗教が一番大切だと思います。伝統的な価値観というのも、悪くないのです。しかし社会が巨大になればなるほど、それぞれの共同体に受け継がれてきた伝統的な価値観に頼って道徳規範を維持しょうとするのは、困難になってくるのです。また、最近の哲学者たちは「何を重要な前提として、何が大切な価値観か」ということについて、まったく意見が一致しない状態です。だから現代社会では、伝統的な価値観や哲学に依存することによって道徳規範を維持しょうとするのは、難しいのです。しかも悪いことに、どこの国でも宗教の影響力はどんどん衰退しています。⇒国体た役立っている

 ボーク:ほとんどのアメリカ人にとって、宗教とは「自分を慰める」ために利用するものであって、「自分自身に厳しい道徳的な義務を課す」ためのものではないのです。世論調査によると「93%のアメリカ人が、自分は死後、天国に行く」と信じているらしい。

 伊藤:初期のアメリカ人の宗教というのはカルヴィン主義のプロテスタント諸派で、とても戒律が厳しく、禁欲的なものでしたからね。

 ボーク:近代人が「超越的な何ものか」の存在を認識できなくなったのは、おそろしいことです。

 《自由主義という空虚》
 ボーク自由放任主義は保守主義ではありません。アメリカでは、このことを誤解している人がとても多い。私が猥褻物やバイオレンスの商品化に賛成しないのも、私が自由放任主義者ではないからです。猥褻物とバイオレンスの商品化は、明らかに子供たちに悪い影響を与えています。我々は、子供達を守る必要があります。私の友人のアービング・クリストルが、「自由放任主義は、単純で子供っぽい連中が唱道するイデオロギーだ」と述べていましたが、私も同感です。

 ボーク:人間にはファイティング・スピリットが必要ですが、道徳規範を失った人々には「大切なもののために闘う」という姿勢がなくなってしまうのです。

 ボーク:フェミニストや左翼活動家の情熱は、強烈なものです。彼らは自分達のイデオロギーを徹底的に社会に押し付けようとする、全体主義的メンタリティの持ち主です。保守的な人達はそれに押されっぱなしになり、ファイト・バックしょうとしない。保守派には「確信が欠けている」からです。

 伊藤:保守派が「知的道徳的な確信」を回復しないかぎり、左翼に押しまくられるばかりですね。
 ボーク:そうです。我々が「確信に満ちた道徳規範」というものを取り戻さないと、左翼グループによる社会破壊はますます進むでしょう。

 伊藤:ボークさんは、左翼やフェミニスト・グループが歴史を歪曲したり、「歴史的事実」や「歴史的真実」を捏造したりしてきたことにも、批判的ですね。
 ボーク:彼らは、「人々の歴史観をコントロールすれば、現在の政治をコントロールできる」という政治戦略を、意図的に実行しているのです。

 《終りにー功利主義克服のために》
 伊藤:過剰なマテリアリズムと皮相な功利主義、まともな価値判断に基づかない近視眼的な個人主義、空虚な快楽主義、左翼やフェミニスト・グループによる執拗な家庭破壊・教育破壊活動等々、日米両国に共通した問題は多い。
 中西輝政 京大教授 正論11月号 平成17年度

 1.保守とは、「国家」というもののただならぬ重要性をしっかりと見据える視点ということ。
 2.歴史と伝統を重視する姿勢
 3.人としての生き方に関する価値観、人間観についてである。
 血縁や共同体といった社会生活上の制約ーしがらみーを一切受けない自由な、そして孤独な「市民」であるより、むしろ人と人の絆、社会への帰属感、そしてその延長上にある国家というものに対する新たな希求に応え、それらからあえて自己犠牲を求められるときに常に備える「国民」であることが、自らの人生をより充実し輝いたものにしてくれるのだというのが、実は普遍的な価値観・人間観なのだ、と今、日本人は少しずつ気づき始めている

 
・「ポピュリズムの超克」の為に必要なのは、利権に頼る必要のない強固で近代的な党の組織的基盤明確な保守理念である。この二つの柱がそろってはじめて、ポリュリズムを超えた本当の保守のあり方が模索できるのである。
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 「産経新聞 平成19年1月5日」

 「改革・伝統を両輪として」
 物質的な価値と精神的な価値の総合に失敗したために、文明としての日本、あるいは日本人としての生き方そのものが崩壊してきています。その結果、いくつかの危機が起っている。安全保障。少子化や地域社会の崩壊といった社会の活力の衰弱。モラルや教育の崩壊、性風俗の乱れといった精神的価値観の危機。

 「美しい国」とは、日本の大事な選択をひとことで表したキーワードだと思います。物質的価値だけで生きてきた戦後日本が大きな問題でした。モノへの欲望のバランスを取らせるのは、やはり精神的な価値です。天谷直弘さん(故人、元通商産業審議官)がおっしゃっていることですが、「腹いっぱい食べられるようになった段階で、なお食べることしか考えないとしたら、その人は豚と大差がない。金持ちになったら、その段階で金儲けを超える『価値』を考えなければならない。・・・私は、『真・善・美』という三つの『価値』のうちで、最も人間にわかりやすいのは『美』だと思っている」と

 日本人という民族は、美醜の感覚が研ぎ澄まされ、どの国にも負けない。これは明治の開国以来、日本に来た欧米人が書き残しています。

 例えば道徳にしても、欧米やイスラム圏、あるいはアジアの人たちも「〜すべし」「〜すべからず」という。戒律です。ところが多くの文明論者が指摘したことですが、日本人は違う、モラルを美醜で一瞬にしてとらえる、と

 《心の美意識に忠実に生きよ》
 日本人が精神的価値を見直すとは、どんな日本人でも鋭く持っている「美的なもの」への感覚を取り戻すことです。これが、モノ・カネ以外に大切なものがあるという日本人の生き方に結びつく。うそや腐敗、堕落があってはいけない、約束を守らなければならない、人を陥れてはいけないーそれは美という感覚から生まれるのです。「美しい国」とは、常に日本再生の大切な切札です。

 古代からそうです。奈良に都を移して日本は少しおかしくなる。自然を破壊し大規模な造営を繰返すと、日本人の心はすぐに崩れてしまうからです。それを再生して日本の心の原点を見直そうというのが、万葉集の編纂を促した大きな力です。美意識からこの国を再生していくというのは、日本文明再生の基本的な構図です

 「和魂洋才」は明治の近代化のキーワードでした。明治が輝いた時代といわれるのは、和魂と洋才のバランスが絶妙だったからです。和魂とは、大和魂とか国家主義ではない。心の美意識に忠実に自分の人生を生きていこうという生き方です

 《進歩と伝統のバランサーは「農村」と「農業」だ》
 景観といえば、戦後の高度成長で日本はすっかり醜い国になってしまった。それを取り戻すことはいま国家として大変大事な目標です。一本調子で進歩を求めるのが戦後日本の生き方でした。しかし進歩一辺倒では必ず活力が根底から枯渇する。ちょっとでも新しいもの、違うものだけを求めていると「何が新しいのか」さえわからなくなる。我々の心に中にも、日本の国土の中にも、進歩という一辺倒の生き方ではない部分を作っておかないといけない。それがバランスをとるということです。国土で言えば農村であり農業です。農業を守るということは、進歩と伝統のバランスが取れた国づくりということにかかわるのです。いま日本人の多くは農業の回復を心から望んでいます。

 イギリスの例ですが、世界に先駆けて産業革命をやり、世界の工場といわれた。しかし19世紀の終りくらいに気がつくと、国土が本当に荒廃していた。そこで国土回復運動が起る。いわゆるナショナル・トラスト運動は百年前に起ります。現在の農村の、あの波打つ海原が続くような緑の景観が生まれるのは20世紀に入ってからです。

 近年のサッチャー改革は、経済政策だけを見ればマーケット史上主義です。それをイギリス人が受け入れられたのは、併行して農村回復運動のような伝統回帰の大きな潮流があったからだということは、多くの人がいっています。

 《改革・伝統を両輪として》
 構造改革や地方分権「改革」をするとき、「伝統回復」の趨勢とそれらが車の両輪になっていないと、政治的に成功しません。これ以上、地域共同体を崩壊させたり、優勝劣敗的な経済原則だけが一方的に広がっていく流れに、日本人は耐えられないのです。日本に即した改革を考えなければならない。安倍政権にとって、改革路線の継続はいいとしても、「モラルの改革」、「精神面の改革」という課題が一番大事ではないでしょうか。
 潮 匡人 評論家 正論7月号 平成18年度

 ・「保守主義の思想とは、人間の能力の限界をわきまえ、計画や統制によって世の中を変えることいついて懐疑的な態度を取ること、権力の介入を排除して個人の自由の領域を守ることを重視することなどを主たる柱としている。謙虚な知性が保守主義の根底にあるということができる」
 光原 正 「教育を考える会」会員 正論11月号 平成18年度

 《美しい国、利権から理念へ》
 ・いくら立派な見識を持つ宰相が登場しても、国民の積極的な政治参加による後押しが無ければ、前途は危うい。そこで、シュラフリー女史を紹介したい。

 《シュラフリー、二つの戦い》
 卓越した雄弁、平明・明快な文章力、沈着冷静な戦略、6人の子供を育てながら全国を飛び回ったエネルギー、カリスマ的指導力で救世主やジャンヌダルクに例えられた。当然フェミニストの憎悪の的となり、ERA推進派のマーサ・グリフィスからは法律家でないと侮辱された。シュラフリーは何と75年、闘争の最中にロースクールに通い弁護士の資格を取った。当時51歳。もし、シュラフリーがいなければこの改正案は成立していたといわれている。

 《共和党を変えた!》
 ・繰返すが、彼らはリベラルという敵と戦っているのである。

 《50ヤードを超えられなかったフェミニストたち》
 ・私が選んだ作戦は、このERAが批准されると、女性が既に授かっている権利や特権をどういう形で失うか、ということを訴え続ける、ということでした。
 ・最大の問題は彼女達の態度だと思いますよ。彼女達が描いている女性像は「弾圧的な男性」の被害者だ、という見方ですね。馬鹿げていると思いません?アメリカの現状と余りにもかけ離れていますからね。

 国連とフェミニズム
 ・国連がその後出してくる条約は、どうしても家庭に反するもの、結婚に反するもの、母親の役割というものを台無しにするもの、また同性愛を擁護するような形のものが増えてきました。
 ・ベラ自身が共産主義者かどうか知りませんが、少なくとも共産主義の訓練を受けてその組織から台頭した人で、一般の庶民をどのように組織化するか、工作員をどう浸透させるか、どういう委員会を作ればいいか、どんな決議案を作ればいいかというようなことのベテランだったと思いますね。彼女が一番活躍したのは、1995年の国連の北京会議です。一応国連の主催で、ヒラリー・クリントンも参加していましたけれども、実際に主導権を握っていたのはベラだったと思います。とにかく、彼女は非常にタフで、頭がよく、切れる人でしたね。

 彼女が共産主義の影響を受けたのは、恐らく1930年代から40年代だと思います。その後、下院議員になっています。

 《愚痴のこぼし合いから生まれた妄想》
 ・いずれにしても、フェミニズムは反結婚制度、反男性、反母親の役割、反父親の役割、要するに、男性と女性というそれぞれの役割を全く無視して、いろんな結婚関係を崩壊させた思想だと思います

 でも、アメリカの全女性がフェミニズムを受け入れたと思わないで下さいね。少数なんですよ。その少数の人たちがフェミニズムを受け入れた背景には確かに個人的な不幸な体験があったと思います。その個人的不幸とフェミニズムがうまく融合したのだと思いますけど、それをいわゆる「意識を高める」と称して、お互いに愚痴をこぼしあう会合をあちこちで開くことをフェミニズムはやりました。愚痴に水をやると園芸と同じで花が咲いてしまうんですね。どんどん愚痴をぶっつけあって、それが大きくなって、単に個人の不幸な体験を社会的な兆候として妄想するようになってしまうその妄想を受け入れた人々は自ら結婚もしなければ子供も作らない、そういう人が政府やメディアや裁判所司法関係や大学教授に進出して影響を広げていった、ということですね
 遠藤浩一 評論家・拓殖大学客員教授 正論 11月号 平成18年度

 「戦後政治史から見た安倍政権の可能性」
 《中曽根版「戦後総決算」が決定付けた自民党の凋落》
 《政治家・安倍氏の原点》

 「自ら反(かえり)みて縮(なお)くんば千万人といえども吾ゆかん」−私の郷土である長州が生んだ俊才、吉田松陰先生が好んで使った孟子の言葉である。自分なりに熟慮した結果、自分が間違っていないという信念を抱いたら、断固として前進すべし、という意味である。
 もうひとつが、原点に返り、私の目的を再確認することであった。

 《岸信介がめざしたもの》
 《外交方針の類似性》

 1.新たな憲法の制定
 2.教育の抜本的改革
 3.首相官邸主導体制確立
 4.小さく効率的な政府の推進
 5.再チャレンジできる社会の実現
 6.歳出改革への優先的取り組みと総合的な税制改革
 7.年金、医療、福祉などの一体的見直し
 8.「世界とアジアのための日米同盟」の強化、開かれたアジアにおける強固な連帯の確立、中国、韓国等近隣諸国との信頼関係の強化、北朝鮮問題の解決。

 《親米と独立の両立》
 《自民党を貶めた機会・便宜主義を超えよ》
 安倍氏が心掛けるべきは、反対者が寄せる「戦略的な支持」の誘惑から身を守ることであり、中曽根氏を始めとする戦後の歴代総理が堕した機会主義便宜主義の罠に陥らないことである。

 当面の課題としては、人事に於いてあくまで「安倍氏らしさ」を追及し、秋の例大祭には粛々と靖国神社にお参りすることである。さうでなければ「安倍晋三でなければならない理由」は一瞬にして瓦解し、来年の参院選で悲惨な結果を招くことになるだろう。さらに、中長期的な課題としては、ヤルタ体制東京裁判史観を無効化する方向で米国との間で歴史観の修正作業を行うこと、そしてそのための国内体制整備として「平成の保守合同」を成し遂げることである。現状に埋没することなく粘り強く説得を続けること、これこそ祖父から継承すべき要諦中の要諦であらう。
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 「正論 平成19年度 3月号」

 ・「日本が独立を回復して自由社会の一員になろうとする以上、自由社会の強化にいかなる貢献をするつもりか」と迫るダレスに対して、吉田は、経済復興の妨げになるだの、国際世論が許さない、軍閥が復活する、国民の心理的基盤が整っていないなどといった理由を挙げて抵抗した。これに対してダレスは、「そんなことは自由世界の防衛に貢献しない弁解にはならない」と窘めた。
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 「正論4月号 平成19年度」
 <指導者が厳に戒めるべきこと>
 ・蔑まれることである。

 ・久間章生防衛大臣によるイラク戦争をめぐる意図的、確信犯的な妄言は日米同盟の根幹を揺るがしかねない暴走である。(中略)米国に対する折角の「貸し」の価値を下げてしまった。北朝鮮の核をはじめとする東アジアの安全保障問題に関して協議するために来日するチェイニー副大統領は、日程上の都合を理由に拒否されるという異常事態に発展してゐる。

 日本国の防衛大臣として米国に文句を言ひたいのであれば、むしろ対北朝鮮宥和姿勢への転換に異議を唱へるべきであらう。この転換は、気紛れかつ強かな独裁者が国際社会の反対を押し切って核開発を強行し、そのことを梃子として交渉を有利に進めようといふ「弱者の恫喝」に、米国が屈したことを意味する。

 ・「狼藉者に対する理不尽な妥協が許されるのであるならば、東アジアの安定は確保できない。日本としても核配備を検討せざるを得ない」と、もし、日本の防衛大臣が一言発言したならば、六ヶ国協議も現状とは異なる展開になってゐただろう。

 <国家基盤としての正義と力>
 ・歴史に残る国家は二つのことを基盤において種々の政策を実施した。それは正義と力である。正義は国内の安定のために必要であり、力は国外の敵から防衛するために必要である。(マキャヴェリ「フィレンツェ共和国の将来に関する提言」)

 <左傾路線という自民党の大錯誤
 ・安倍氏にとって「タカ派」といふイメージが地位を奪われかねない悪評の類であるならばともかく、むしろさうではなく、このイメージこそが安倍待望論の根底にあったのである。仮にそれが悪評に転化する危険性があったとしても、現在のわが国は、文字通り国家存亡にかかはる危機的状況にあるのであって、安倍総理は、悪評や汚名など、一切気にする必要はない。といふより、気にしてゐる場合ではない。案の定、悪評を恐れてちぐはぐなことをした結果、支持率は大幅に低下してゐるではないか。

 ・要するに、自民党が左旋回しても碌なことはないのである。この党はこれまで左ウイング戦略によって勢力を拡大するどころか、自身がアイデンティティを喪失して崩壊の危機に瀕してきたと言へる。

 <なぜ熱心に説得しょうとしないのか>
 <安倍内閣に見合った手直しを>
 ・大幅、小幅の規模はともかく、少なくとも理念的、思想的に安倍氏とは対極に位置するやうな政治家に要路を占めさせてはならない。最低限、自民党幹事長と防衛大臣は交替させるべきである。ついでに詰まらぬ失言で世間を騒がせた厚生労働大臣や何かと芳しくない話題に事欠かない財務大臣、農水大臣も交替させたほうがいい。もっと言ふならば、官房長官はその重責を果たせる人物を充てるべきである。「安倍内閣に見合った」手直しは、もはや避けられない。
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 「正論6月号」平成19年度

 「保守系」圧勝が示した民意とは
 <市長銃撃事件報道の混乱が意味するのは何か>
 <有権者が問ふたのは候補者の覚悟>
 <効力を失いつつある「無党派」といふ偽装>
 <政党の機能不全現象としての「脱政党化」>
 <理念・政策における混乱>
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 「理念なき、状況適応主義者福田康夫に群れた人々の陥穽」

 政治とは、是非もなく他者を巻き込んで寸秒の隙もなく展開される公的営為である。他人の領域に土足で踏み込み、場合によっては物理的な力を行使してでも強制する世界ーと言ふと、身も蓋もないけれども、要するに、徹頭徹尾に奉仕することそれが政治の仕事である。「私」ではなく「公」に尽くす営みであるからこそ、他者への介入や強制が許されるのだし、またそのことが求められるものである。 政治的な選択とは、「私」を犠牲にするといふ意味において、本質的に貧乏籤にならざるをえない、ものである。(「正論」平成19年12月号)
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 「保守主義という甘い罠」「正論」2008年8月号

 ・自己の欲望を充足するためにイデオロギーを作り上げて宣伝するような連中こそが保守にとっては「他者」であり「敵」なのである。

 《保守と革新の決定的違い》
 ・革新は「改革のための改革」は大好きだが、「保守するための改革」は大嫌いなのだ。

 ・常識とは現実の随い現実に教えられる考え方であり、生き方である。(中略)常識が却けられて、その代わりに屁理屈、感傷、憎悪、昂奮、自己陶酔、固定観念が横行する。今に始まったことではないが、最近、それがひどすぎる。何よりもまづ常識に還ることだ。さうすれば、その向こうになにがあるか、また何がないか、現実の姿がはっきり見えてくるだろう。

 《夢でしかなかった反米》
 ・まともに条文を読む者がほとんどおらず、安保改定の意味することについて無知・無関心な者が気勢を上げるうちに、なんとなく運動は高揚した。(中略)彼らは、アメリカの属国化はけしからぬと叫んだわけだが、安保改定が「属国化」を正す第一歩だということについては、見ようともしなかった。

 《保守主義などというものはあり得ない》
 ・「憲法を改正し再軍備した上で自由民主主義諸国との連携を深める」といふ選択肢を放棄したのであった。
 ・保守派はその態度によって人を納得させるべきであって、イデオロギーによって承服させるべきではないし、またそんなことは出来ぬはずである。
 山本一太 参議院議員 正論11月号 平成18年度

 《胆力のある政治家》
 ・大事なのは胆力ですよ。障害にあってもブレナイ。自分の信念を貫く。安倍さんにも、そういうものがあると思います。

 《外交面はニューリアリスト》
 《ふわっとした優しい人》
 《最大のライバルは小泉さん》

 山本:小泉さんはカリスマであり、孤高の人。戦国武将のようなタイプです。

 小泉さんを「戦国武将型」とすれば、安倍さんは「コミュニケ−ター型」ですね。小泉さんと違って、党の幹部にも敬意を払っています。でも、彼らの言うことは、ほとんど聞いていません。上の人を立てながら、優しい顔をしながら、過激なことをやる。節目、節目では、官邸主導でリーダーシップを発揮するような総理になるでしょう。

 族議員や官僚など、既得権益の復活を狙う勢力がてぐすねひいています。こうした勢力と闘って行かなくてはならない。これは大変なことですよ。

 「ポスト安倍」なんてないでしょうね。そのときは、自民党が下野するか、政界再編となり、自民党がなくなるときだと思います。

 《リーダーシップをもったコミュニケ−ター総理に》
 山本:よく「対米追従」などと批判する人がいますが、本当にアメリカにモノ言いたいのなら、対等なパートナーシップに少しでも近づけたいのなら、日本の役割を増やさねばなりません日米安保条約の改正集団的自衛権の問題にも手をつけなければならない。それをやらないで、対米追従などと批判するのはおかしい。ひとつの外交上の制約として受け止めるしかないのです。日本が本当にアメリカから離れるのなら、核武装も視野に入れなくてはいけません。それは愚かな選択でしょう。こうしたことを、安倍さんはきちっと語って欲しい。そして国民的な議論にしてほしいのです。
 東條由布子 NPO法人環境保全機構理事長 「別冊正論 4」

 ・保守派の弱点は足を引っ張り合うことです。百人斬り訴訟、歴史教科書、皇室典範、自主憲法・・・・。何でもまっ二つ、これでは戦後60年経っても日本が変わらないのは当然です。その点、左翼陣営は号令一下、みんな纏まり、深く静かに潜行する。保守系はみなさん一人1党、一匹狼ですね。
 三好 達 日本会議会長 「正論」平成19年11月号

 <大切なのは精神面での再建>
 <家族、靖国・・・もぐら叩きのような十年>
 <歴史を作るという革命思想との戦い>
 ・有識者会議の吉川弘之議長

 <自国の安全保障という文言のまやかし>
 ・自国のことなのに、「日本の安全保障をどうするか」という言い方をする人がいますか、正確に言えば「日本の防衛をどうするか」「国防をどうするか」でしょう。

 <最大の成果だった教育基本法の改正>
 <改憲を行うにふさわしい世論形成が先決だ>
 ・「愛国心」「伝統の尊重」「公共の精神」を謳った新しい教育基本法に基づいて道徳、国語、歴史教育をしっかりと受けた国民を増やしていく教育改革を進めていくとともに、これまで同様、草の根の国民運動の輪を広げていく地道な活動が必要です。

 <「サイレント・マジョリティ」から「発言し行動する保守」ーこの流れは動かない>
 佐藤健志 評論家 「正論」平成19年12月号

 ・「保守」はもともと、「従来のシステムや方法論を維持すること」と、「物事をできるだけ望ましい状態に保つこと」という二つの意味を有する。
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 「地球最後の保守主義者、世直しも又粛清なり」

 <ゴジラは常に自然災害か>
 ・星新一は「きまぐれ博物誌」(角川文庫、1976年)において、これからの時代はコンピューターが発達する分、かえって人間でなくてはできない分野の重要性が増すとも語り、そのような分野の代表格として政治を挙げる。

 ・興味深いのは、ここで指摘した「危機意識の欠如」と「主権感覚の希薄さ」こそ、戦後の我国における平和主義(戦後平和主義)の特徴だという点である。

 <理念の変化と善悪の逆転>
 <ロバートが維持したものとは>
 <保守派はかくて反動となる>
 <歪められた伝説の意味>
 <ボブ・マーリィの真意を聴け>
 
(佐藤健志 評論家「正論」平成20年3月号)
 佐藤 優 起訴休職外務事務官・作家 「諸君」平成19年12月号

 「村上正邦氏と私の吉野詣り」

 <証明不能な日本の原理>
 <後醍醐天皇御陵で感じた大きな力>
 <右翼は純粋な資本主義を嫌う>
 <村上正邦氏の哀しみ>
 <バークの危機意識はどこから来たのか>
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 「諸君」平成20年3月号

 「イギリス保守の『鋳型』をつくったウィクリフの実念論」
 ・イギリスの場合は、経験論(その極端な形態としての懐疑論)なのだと筆者は見ている。ドイツ人のように頭の中で組み立てた理念に向かって突き進んでいくことをイギリス人は好まない。また真理は、実際の生活世界においても形をあらわすと考える。同時に、歴史のながれを潜り抜けた王、貴族、教会などの伝統と文化をイギリス人は尊重する。

 ・憲法は構築するものではなく、発見するものなのだ。このような憲法観にイギリス保守主義の基本があると筆者は考える。
 この、既に存在するが、われわれの力では、その内容を言葉にすることができないような憲法こそが国家を存立させる基本原理で、日本の伝統的な言葉で述べるならば国体なのである。

 現在、日本国家が弱体化している。このような状況に対する危機意識から対症療法的に成文憲法を手直ししても、日本国家を強化することはできないと筆者は考える。

 まず行わなければならないのは、日本の国体を再発見することだ。そして、わが国体の原理の中にある「日本の善きもの」によって、現下日本の悪を断ち切ることである。
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 「諸君」平成20年7月号

 ・寛容の精神とは、他者の愚かな言説、行為を認める愚行権を尊重することである。この愚行権の尊重こそが政治的自由主義の核心である。今後の論点を先取りすると、エドマンド・バークは、保守主義者であるとともに、「偏見の尊重」という形で愚行権も尊重したのである。ここから自由主義的保守主義が基礎付けられる。
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 「諸君」2008年8月号

 ・エドマンド・バークに代表される保守思想が、左翼の構築主義、設計主義に対抗することが可能な、知的洗練度の高い形で結集したのである。
 ・革命は、全体もしくは圧倒的大多数の利益の実現を標榜しつつ、実際は革命を行う少数者の利益しか実現しないのである。
 平沼赳夫 衆議院議員 「WILL-2008年2月号」

 〈中国の三段階戦略〉
 1.精神攻撃
 靖国神社参拝に対して反対したり、「南京大虐殺」「百人斬り」「従軍慰安婦」など、根も葉もないことを作り上げ、攻撃してきます。

 2.法案による攻撃
 人権擁護法案だったり、外国人参政権です。日本は法治国家ですから、法を変えさせて中に入ろうとするのです。

 3.数による攻撃
 13億人いますから、日本にどんどん送り込める。法案が通れば、多数決を利用するでしょう。

 〈今一番守るべきものー皇統、皇室典範〉
 ずっと男系だったものを女系にした途端、それまでの125代の繋がり、ひいては日本人のアイデンティティを覆すような、由々しき問題となるでしょう。
 この問題を解決するのは、皇室典範を一ヶ所修正すればいいのです。今の皇統の血を受け継いでいる男系の独身者は旧皇族で11人位います。戦後、皇籍離脱してしまいましたが、それらの方々を養子として戻せばいいのです。

 〈伝統は守らなければならない〉
 男女は同権であるべきですが、その大原則に相反してもいいものが存在します。それは伝統と文化、歴史に根ざしているものです。それらは大原則を超えている存在なのです。日本の皇統はまさに伝統文化であり、守っていかなければならないものなのです。
 

 

 真中行造 HP管理者


                                    政治のピラミッド構造

政治

民主主義

自     由

法       律

道       徳

文      化

宗      教

 (説明)

 

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