| 日教組(U) |
| 平本 忍 | 宮嶋茂樹 |
| 相沢幸子 大阪府主婦 オピニオンプラザ「私の正論」 産経新聞平成17年8月2日 私たち家族は昨年の夏、12年のモスクワ、ワルシャワでの生活を終えて帰国しました。久しぶりの日本での生活の中でいちばん悲しいと思うこと、それは日本の若者たちが自分の国、日本が嫌いだということです。自分の国に誇りが持てず、この国を良くしょうという意欲も持っていないことです。 私の二人の息子たちは、海外では、現地のインターナショナルスクールで学び、今春日本でそれぞれ大学生、中学生になりました。帰国後、子供たちが一番戸惑った事、それは日本の学校では日本のことをよく言ってはいけないということです。彼らは、海外ではクラスで唯一の日本人生徒として、小さいながら日本人の代表的意識を持って学校生活を送ってきたようです。50カ国以上の国から集った生徒の集団は、それだけで小さな国連のような集まりだと思います。その中にあっては、自分の国を擁護できない者は相手にされず、尊敬されないのです。小さい国から来た生徒ほど自分の国に誇りを持っていました。歴史認識にしても、敗戦国、戦勝国にかかわらず、自分の国のとった行動にプライドを持っていました。「お互いの違いを認め合い、違いを尊重できること」こそが異文化交流、国際理解の原点であることを教えてくれました。違っていることはむしろ当たり前であり、恐れることではないということです。 ≪反日的近代史教育が問題≫ インターナショナルスクールのホールには全生徒の出身国の国旗が誇らしげに飾られていました。日本に帰国後、次男の小学校の卒業式で国歌斉唱の折、何人かの先生が起立を拒否しているのを見て、彼は驚くと同時にその先生たちを尊敬できないようでした。自国はもちろんの事、相手国の国旗や国歌を尊重することは国際常識であり、生徒に手本を示すべき先生の行動としてあまりにも幼稚だと思います。大学生の長男には日本で過ごした幼稚園時代の友人が何人かいます。残念なことに、日本で十二年間勉強した彼らは日本が嫌いなのです。日本人としての誇りが持てないのです。他方、海外で十二年間過ごした長男は日本が大好きで誇りも持っています。日本を出て日本の良さを改めて感じたこともあると思います。日本の電気製品、車をはじめとする精巧な技術力、また最近では日本食が海外で尊敬を集めていること、安全で時間に正確で何に関してもきちんとしている。日本の良い点を挙げたらきりがありません。旧社会主義国での生活の中で日本人に生まれた偶然にどれだけ感謝したかわかりません。 しかしそれにもまして、日本の若者が日本に誇りを持てないのは、日教組の先生たちによる反日的な近代史教育が大いに関係していると思います。日本は悪いことをしたということだけを強調し、アジアに対してどんな良いことをし貢献したかをいっさい教えない、そんな教育で日本人として誇りを持つことができるでしょうか?私の出会ったアジアの友人は日本人に対してとても好意的で尊敬してくれていました。日本がいかに国の近代化に貢献したかを語ってくれた人もいます。地球上の90l以上が他国の植民地であった弱肉強食のあの時代に、日本のとった行動を批判する事は出来ないと思います。日本人としての誇りが持てないよう教育された日本の若者の悲鳴が私には聞こえるような気がします。自分の国に誇りが持てないこと、それは自分の親を尊敬できないことに等しく哀しく苦しいことです。 日本人の活力の低下が昨今問題になっていますが、NEETの増加といい、日本人として誇りを持てない教育と大いに関係があると私は考えます。彼らはしっかりとした自分のバックボーンが持てないのです。自分はどこの国に属し、どこから来たのか?ある意味で、彼らは戦後の日本の歪んだ教育の犠牲者であると思います。そういう彼らが自分を良くしようとか貢献しょうとか思うでしょうか?働く意味、モチベーションを持てるはずがありません。大した資源のない日本のような国では、人的資源の大切さを忘れることはできないと思います。その意味において、日本では教育はまさに死活問題であると言えるでしょう。 ≪歩むべき道考え「普通の国」へ≫ 戦後60年、この節目の時に、今一度立ち止まって、これから歩むべき道を考える時だと思いますが、日本は今こそ敗戦の呪縛から脱却し普通の国に戻るべきだと思います。日本は十分反省をしたし、再び軍国主義に戻るなどどこの国も考えていないと思います。日本ほど粛々と国際貢献をしている国はないと思いますし、それを内外に知らしめない国もないと思います。また、「自分の非を認めない、決してあやまらない」文化が多勢を占めるなかで、日本ほど反省の好きな国民はなく、ユニークな存在であると思います。普通の国に戻るためにも、また日本人の活力を取り戻すためにも、自分の国に誇りを持てる教育の大切さを国民一人一人が理解すべきだと思います。 |
| 田中 卓 皇學館大學名誉教授 諸君12月号 平成17年度 焦点は日教組が、公務員を中心とする職員団体であるにも拘わらず、いわゆる一般の労働組合のごとく振舞っていた点です。そのため第一に、運動方針として「階級闘争」を唱えます。例えば、日教組自身が出版した『新しく教師となった人々に』(昭和28年4月発行)には次のごとく記されています。 「日本教職員組合の運動方針には『教育労働者としての階級的立場を明らかにして闘う』と書いてありますが、我々はそのように、日本の貧しい人々、つまり、労働者の側に立って、日本の横暴な資産階級のわがままと闘うのであります」(22頁) 「例えば、いまあなたが、社会科の時間に、なにかの単元で、今の社会はダメだ。これをぶち壊して、もっと民主的な、生産と消費を合理化した、そういう社会にしなければならないと考えてごらんなさい。そういうように教えるべきであるのに、そう教えた途端、あなたは学習指導要領違反となり、やがて職を追われるかもしれません。」(17頁) 要するに日教組は、「今の社会はダメだ。これをぶち壊して」というような、過激な暴力主義さえも暗に指嗾している団体なのです。 第二は、「抵抗教育」を行う点であります。現に、日教組の有力な傘下団体である大阪教職員組合は、『私たちの道徳教育ー文部省「道徳」の批判と克服』(昭和33年10月発行)を出版し、その中で、次のごとく述べています。 「戦後我々の実践してきた生活指導では、一人一人の子供が人間として尊重され、その人間らしい感情と意識を大切にしてもりあげるだけではなく、それを阻むような現実の諸条件に積極的に立ち向かっていく変革的な人間像が、その目標になっていると考えられます。この点、現実社会に対する適応を主とするガイダンスと根本的に異なっています。」(34頁) つまり、「変革的人間」こそが、彼等の道徳教育の目標になっており、社会を変革するのに役立つ人間を形成しょうというのです。いわば、かっての中国の紅衛兵教育の日本版です。同じ書物で、さらに、文部省教育を批判して、彼等は次のように説いています。 「現実の子供の姿は、複雑な社会的矛盾をそのまま具体的に端的に表現しています。そのような子供たちに、『社会道徳を守る』、『規則や決まりを尊重し、よく守る』(中学校『道徳』指導計画例『社会生活と規則』といったのでは如何なる幸福も約束されません。そこには服従や統制はあっても、社会の主人公として、そこに住む国民の幸福と、それを作り出してゆく子供たちの成長は考えられていないのであります。」(38頁) 驚くべし、文部省のいう「社会道徳」や「規則やきまり」などを守っていては、それは「服従と統制」に従うことであり、決して幸福は約束されない、というのです。それならばどうすればよいか。彼等は、同書の中で、日教組流の道徳教育である「生活綴方的生活指導」を特筆し、文部省流の道徳教育と対比した一覧表を掲げていますが、その『社会との関係』の項では、子供たちに「具体的生活の事実を通して社会の矛盾を気づかせる」ことを指摘し、さらに『指導内容』の項では、「一、基本的人権」に始まる9つの要目を掲げていますが、その最後に「9.抵抗」と書いています。l日教組の道徳教育の最終目標に、「抵抗」がおかれていることは、注目すべき事実である。「抵抗」は「批判」ではありません。「批判」はもともと建設的な意味を持ち、学問の進歩のためにはぜひ必要とせられますが、「抵抗」は破壊的な立場に立ち、相手に逆らう行動であって、「批判」とは次元と方向を異にします。つまり日教組は、恐るべき「抵抗教育」を陰謀する団体といわねばなりません。 第三に、日教組は「革命運動」を実践する団体です。もともと日教組の運動方針には、「総学習、総抵抗」が謳われていますが、この「総学習」は、マルクス・レーニン主義に基づく徹底的な研修であり、「総抵抗」は当時の政府・文部省・教育委員会などという権力機構に対する全面的な抵抗を意味しています。そのような立場で、日教組は以前から毎年、実質上のストライキを繰り返してきましたが、さらに昭和44年11月13日の場合は、ストライキ宣言を発しての大規模なストライキを敢行しました。そのため当然、多数の処分者を出しましたが、日教組幹部は、行政処分のみならず、刑事処分も覚悟の上で、これらのストライキを指導してきたのです。その一例として、三重県境職員組合の『不当弾圧対策ノート』(昭和33年7月発行)を紹介しますと、次のごとく書かれています。 「呼び出しの通知を受けると、初めての人はビックリして、どうしても行かなければならないのではないかと心配する。ところが、これはただ相手が、権力を持っているいかめしい検事や警官であるだけのことで、実際にはどこかの町のアンちゃんが『ちょっと顔を貸してくれ』というのと、少しもかわらない。行こうと行くまいと全くこちらの勝手である。」(14頁) 警察や検事は、「街のアンちゃん」なみです。更に「黙秘権は最大の攻撃である」として次のように述べます。 「警官や検事に真実は不必要である。『自分は何もしていないのだから』『自分は正しいのだから』と思って警官や検事にしゃべるのは、決して利益にならない。警官や検事は公正ではなく、人間的な良心を持っていないことを知るべきである。」(27頁) 公正でなければ、不正です。人間的良心を持たなければ、犬か猫です。つまり警官や検事は「街のアンちゃん」なみから、「犬、猫」に貶められているのです。一般の人々は、「まさか」と思われましょうが、私の手許には、三重県の実物だけでなく、広島県高等学校教職員組合の「昭和49(1974)年11月」の「まえがき」をもつ『刑事弾圧対策ノート』のコピーもあるのです。明らかに、日教組は、法秩序を無視する革命思想集団体と言わなければなりません。戦後数十年、このような日教組に指導されてきた教師、その教師に教えられてきた生徒たちが、現在の社会を構成しているのですから、親殺し・子殺し・教師の不倫、生徒の暴力、殺傷行為が一般化したのは当然ではありませんか。 このような「階級闘争」「抵抗教育」「革命運動」のような偏向過激な教育が、公務員を主とする職員団体に許されて良い道理はありません。現行の『日本国憲法』においても、第15条2項に、「すべての公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない。」とあり、同様なことは、『教育基本法』の第6条2項にも、「法律に定める学校の教員は、全体の奉仕者であって、自己の使命を自覚し、その職責の遂行に努めなければならない」とあり、さらに同基本法の第一条には、「教育の目的」として、次のごとく明記されている。 「教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値を尊び、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない」 これらによって明らかなように、公務員の身分をもつ教師としては、必ず「国民全体に奉仕」すべきであって、一部の階級の立場に立ち、ほかの階級と闘うというようなことは許されませんし、また、教育の目的として、自主的精神に充ちた心身ともに健康な「国民の育成」を期さなければならないはずです。従って、日教組の運動方針のような、「階級闘争」や現体制に対する「ぶちこわし」の扇動は、明らかに『日本国憲法』・『教育基本法』に違反する思想と行為であって、国民の立場から許しがたい妄想・暴挙であります。殊にストライキの如きは、『国家公務員法』第98条2項に「職員は、政府が代表する使用者としての公衆に対して同盟罷業、怠業その他の争議行為をなし、又は政府の活動能率を低下させる怠業的行為をしてはならない。」とあり、また『地方公務員法』第37条1項にも 「職員は、地方公共団体の機関が代表する使用者としての住民に対して同盟罷業、怠業その他の争議行為をし、又は地方公共団体の機関の活動能率を低下させる怠業的行為をしてはならない。」と明記されています。公務員を主体とする日教組が、ストライキを行うことは、公務員法の重大な違反です。 このように吟味してきますと、日教組の正体は、法治国家として許すべからざる非合法に近い政治団体なのです。この日教組の正体を知って対策を立てないで、教育改革をいくら叫んでも根本的な解決にはならない、というのが私の実感です。そのため、私共は昭和38年2月に、初めての全国組織の職能団体(第二組合ではなく、研究団体です)として日本教師会を結成し、私は初代の会長を務めました。現在も後継者によって、教育の正常化の影の力となっています。 |
| 山谷えり子 参議院議員 諸君18年2月号 ・日教組は昨夏の定期大会で、2005年は「憲法や教育基本法改悪の動き」い加え、「性やジェンダー・フリーの教育への組織的攻撃など、平和が危機的状況にある」と総括しています。さらに「ジェンダー・フリーの理念の定着」を2006年度の運動目標として揚げました。そういうときに、これからの国の男女共同参画基本計画に「社会的・文化的に形成された性別(ジェンダー)に敏感な視点」なんていう言葉を入れたら、彼らに付け入る隙を与えるだけなのです。 |
| 藤岡信勝 拓殖大学教授 正論 平成18年3月号 ・大学時代に専攻した教育学がまた左翼思想の影響が非常に強かった。私は人生の大部分を日教組教育の影響下で過ごしてきたということになります。 その日教組教育の一言で言えば、やはり戦後民主主義教育ということになりますが、戦後民主主義には「社会主義幻想」と「一国平和主義幻想」という二つの柱があります。 |
| 三好祐司 全日本教職員連盟委員長 正論6月号 平成18年 ・日教組も我々も職員団体ですが、日教組は自分たちは労働者であるとして、高い給料を得て、いかに勤務時間を短くしょうかという勤務条件闘争を第一の活動目的にしています。我々は、まず専門職として責任を持って教科指導、生徒指導をやっていこうと考えています。 |
| 殿前康雄 大成高等学校校長 諸君12月号 平成18年度 ・彼らは卒業式などで国旗の掲揚、国歌の斉唱を指導する校長や教育委員会に戦いをしかけるのである。決定権者即ち責任者の存在しない民主的運営機関として「職員会議」を位置付け、「学校」を集団的管理体制即ち無責任体制にし、結果的に校長の指示に従わなくていい、教員が「勤務のあり方から人事」にいたるまで自由に振舞える職場にしょうとする。私はそうした流れに対抗して、校長が権限を発揮し責任を取れる学校体制を作ってきたが、他の学校のなかには、組合員主導の体制になっていて校長の指示がほとんど通らない所もあった。これには多いに違和感を覚えた。 |
| 長尾誠夫 高校教師・作家 WILL12月号 《隠された米ソの悪意》 敗戦後、GHQは日本の民主化という名目のもとに様々な政策を実施する。明治憲法の抹消、修身や教育勅語の廃止、東京裁判による日本罪悪史観の注入等がそれである。日の丸・君が代の禁止もその中に含まれていた。 これらは、戦前の軍国主義を一掃するためというより、愛国心やモラルを剥奪することによって日本人を骨抜きにし、日本を弱体化させるためであった。 アメリカは、日本の参戦によって欧米列強がアジアに築いた植民地や権益を奪い取られたことを恨み、また蔑視の対象であった東洋の小国が大国アメリカを敵に回して果敢に戦ったことを恐れ、日本が二度と脅威とならないよう徹底的な「精神的武装解除」をおこなったのである。 更に、GHQは民主主義を啓蒙するために、社会主義者の活動を許し、教員の政治団体や組合結成を奨励した。後にGHQはこれを後悔してアカ狩りに転じるのだが、まだ庇護の対象であった社会主義者はGHQの後ろ盾を得て、猛烈な勢いで情宣活動を開始する。 こうした動きの中で、日本教職員組合が結成される。昭和27年に設けられた「教師の倫理綱領」には「教師は科学的真理に基づいて行動する」という項目があったが、この科学的真理とはマルクス主義を表していた。日教組は創設当時から天皇制、日本政府打倒を掲げて、階級闘争的イデオロギーによる教育活動を目指していたのである。 《日教組教育の惨状》 かって都立高校の多くは自主・自律という校風を特徴としていたが、これらは70年代以降、美濃部革新都政の下で日教組的な教育論が幅を利かせてからおかしくなった。国旗国歌はもちろん排除され、受験指導や生活指導の撤廃、制服の自由化、校則の大幅な緩和等がはかられた。 教員組織においても、民主主義という名の下に主任制は廃止され、職員会議が最高議決機関となり、管理職の権限は徹底的に軽んじられた。いわば「人民管理」による学校運営がなされたのである。 その結果はどうだったのか。平成8年に実施した「都立高校に関する都民意識調査」によれば、「学費がおなじだったら都立高校と私立高校のどちらを選びますか」という質問に対して、「都立」と答えた者はわずかに6.8%しかいなかった。 都立高校に限らず、日教組的な教育を実践した学校は同じような経緯を辿っている。日の丸・君が代反対に象徴される教育理念は、先述したような「毒」を内包しているがゆえに、浸透すればするほど学校は荒廃していくのである。 ⇒1989年に東西冷戦が終結した段階で「旧ソ連」のように解体されればよかったのだが、日本は何ら手を下さなかった為に、約20年遅れて一挙に問題が噴出していると見るべきでしょう。教育に関して言えば 1.予習・復讐をすれば学力がついて一流大学・一流企業に就職できたかっての教育を破壊した。(ゆとり教育で学力低下) 2.機会の平等を追求すべきなのに、結果平等ばかり追求して、機会の平等を完全に破壊してしまった。(親の経済力で子供の学歴が左右される) 3.社会・国家の単位を「個」とするため、家族・家庭の崩壊が急増している。(専業主婦の否定) 4.「自由」、「権利」、「個性」、「自己実現」の価値を強調し過ぎた為に「フリーター」、「ニート」が大量に発生。 5.フェミニズムの影響で未婚・晩婚・少子化に拍車をかけている。 6.ジェンダー・フリー教育で過激な性教育、性道徳の破壊。 |
| 八木秀次 高崎経済大学助教授 正論 平成15年11月 ・日教組が昭和27年に決定した「教師の倫理綱領」という文章の存在を今の自民党の先生方は知っているでしょうか。教師は全労働者と団結して階級闘争を勝ち抜くという観点から書かれた文章で、青少年の育成は「われわれに課せられた歴史的課題を解決するためだ」と明記されています。これはまさに革命の前衛たる「紅衛兵の育成」と同義ではないでしょうか。こんな時代錯誤の世界に彼らはまだいるのです。日の丸・君が代に関しても、日の丸は「天皇制国家主義のシンボル」であり、君が代は「主権在民の憲法原理に反する」という「昭和50年の日教組見解を維持したまま」です。いかに冷戦は終結したとは言え、こんな日教組と”手打ち”する必要がどこにあったのか。 --------------------------------------------------------- ◆ ---------------------------------------------------------- 「諸君 平成19年1月号」 「教育再生は文科省、教育委員会から組合分子をおいだすこと」 そもそも日教組はGHQの鳴り物入りで組織されたもの。「文科省」の対立軸としての「日教組」。その日教組的な人間が「文科省」や「教育委員会」の中に潜り込んでいるから、日本の教育がこれだけ悪くなった。フランクフルト学派である彼らは「文化革命」を狙っている。「分割して統治する」ーアングロサクソンのやり方である。決めるにも実行するにも不効率、この上ない。これによってあらゆる組織の弱体化・混乱を図っているのである。諸君1月号の宇佐美忠信氏(富士社会教育センター理事長)、三宅久之氏(政治評論家)、坂本恵子(元・横浜市立中学校教諭)、八木秀次氏(高崎経済大学教授)の対談は、教育再生を考える上で非常に参考になる。以下引用。 《いじめを隠蔽する学校の体質》 坂本:いじめの兆候を発見するのは意外に簡単なんです。問題はそういったサインをキャッチしても教師と学校が放置してしまうことにあります。 学校の隠蔽体質がいじめ問題を助長しているんですね。なぜ隠すのかというと、教師が生徒のことより我が身を守ろうとするからなんですよ。正直に教育委員会に報告すれば監督不行届きで10%程度の減給処分が下る。すると校長や教頭の退職金にも大きく影響します。規定の金額より数百万円近く減ってしまうことだってあるから、わざわざ自らの評価を下げるよりも、それをもみ消そうとするんです。問題を告発した教師には「生徒は3年すれば出て行く、その間隠せば君の経歴にも傷がつかない」と説き伏せ、保護者にも「いじめた子の将来のために黙っていてくださいますね」と言って全部もみ消すんです。 八木:日教組の職員がいま何をしていると思いますか。これだけいじめ問題が深刻になっているのに、国会の前に大挙して「教育基本法改悪反対」の座り込みを行っているんですよ。教え子が死んでいるのに、いじめは「大事の前の小事」とでもいうのでしょうか。教師は教室に帰れと言いたい。 《金正日を信頼する日教組》 宇佐美:日教組の方針書には「人権」「自由」「民主主義」の理想が高らかに謳われています。しかし、日教組も自ら痛いところに触れる勇気はないようです。日教組が朝鮮総連や北朝鮮と浅からぬ関係にあることは、周知の事実ですが、北朝鮮拉致被害者救出運動には一切触れていません。口先だけは立派だけど、ホンネでは共産圏の人権抑圧は見て見ぬ不利なんです。拉致の問題を、地方の連合が取り上げようとしても、日教組や自治労があれはでっち上げだといって猛反対して潰していたんですよ。 八木:日教組の中に、「日本教職員チュチェ思想研究会」というのがあるのですが、この組織が9月に朝鮮総連の機関紙である「朝鮮新報」(9月12日付)で報道されています。 三宅:先日、日教組の活動家の教師と話をする機会があったんです。彼は「70人くらい教職員がいる学校でも、活動的な組合員が5人いれば完全に職員会議は牛耳れる」と豪語していました。つまり組織率が低くなっても、大きな声を出して活発に活動していれば昔のままだということなんですな。 坂本:大学を卒業し、教職員として正式採用が決まったとき、教師をしていた祖父や父の友人の校長先生から「日教組には絶対に入るな」と厳重注意を受けました。あんまり何度も言われたので「どうしてですか」と聞いたら「学校に行けばわかる」というんです。 確かにその通りでした。私のような理系で右も左も分からないような新人教師には「教育係」がつくんですが、その先生が日教組の幹部で、驚いたことに金日成バッジを持っていたんですよ。「意識改革」と称して「組織、階級意識を持つことがいかに大事であるか」「教師は労働者だ、聖職者ではないんだ」ということを散々教え込まれましたが、私が余り真剣に聞こうとしなかったらすごい剣幕で怒られました。ビンタされたこともありました。 幸い私は理科室という逃げ場があり、緊急の用件がなければ職員室に顔を出すこともなくやり過ごせたのですけど、国語や数学の教師は逃げ場がなく、日教組の過激な先生から年中「指導」されたので、中には精神的に追い込まれていく人もいました。 《誰が日教組を延命させたか》 八木:教育基本法第10条の「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接責任を負って行われるべきものである」という文言を、自分達教師がいかなる政治的拘束力からも独立して教育に当たることができると勝手に拡大解釈して、文科省・教育委員会の指導さえ無視して自分達のやりたいようにやってきましたからね。学校は日教組系の先生にとってのみ自由に政治活動の出来る「聖域」「楽園」だったんですね。 八木:本来、教育委員会は教職員の人事権を握っており、各学校を指導する立場にあります。ここが単独で独裁的な権限を有していると、中央がいくら改革を実行しようとしても笛吹けど踊らずなんです。 三宅:「地方教育委員会が日教組の温床になっていたということですね」 八木:森喜郎氏は「産経新聞」(10月31日朝刊)のインタビューで「日教組、自治労を壊滅できるかどうかということが次の参院選の争点だろうね」といっています。これは非常にいいポイントをついています。いま安倍政権が教育改革をやろうとしていますけれど、ポイントは日教組と裏でがっちり手を握っている文科省や地方の教育委員会をいかに壊すかにありますね。 《教育改革は英国から学べ》 八木:当時のイギリスの教員組合にはトロツキストが多かったそうです。そういう強者を敵に回して、教職員組合をいかに解体させるかがポイントだったんです。日本とて状況は同じですよ。 宇佐美:6年程前に、私が関係しているある研究会に寺脇氏を呼んで、文部行政の話を聞いたことがあるんです。彼は私たちの前に現れるや否や、椅子の上に胡座をかいて、エラソーに話し始めたんです。まあ、なんと礼儀を知らない奴だと思いましたね。こんな男に日本の教育行政を任せていたと思うと、ほとほと情けないですね。 八木:日本では今まで経済格差がそのまま教育格差に直結するということがなかった。これは世界に誇れる制度だったと思います。公立の学校がしっかり機能していた間はどんな貧しい家に生れようが、公立の学校だけ行っても社会のリーダーになれたんです。ところが公立が没落したために富裕層が子弟を私立に行かせることが定着するようになりましたね。 坂本:教育の現場ではそんなスカスカの内容も、十分に理解できない教師がいるんですよ。教科書のマニュアル本というのがありますが、これは実によくできていて、そのまま黒板に書いていけば、授業が成立してしまう。このマニュアルに頼る先生が多いんです。ひどい例になるとコピーして切り貼りしたものを子供に渡しておしまいという先生も公立にはいます。 そういう先生に生徒が質問しても、マニュアルを見るばかりで全然要領を得ないから、「じゃあ塾の先生に聞くか」となってしまう。子供は夜遅くまで熟にいます。だから学校に来ても午前中なんて眠くてしょうがない。 《品川区の教育改革》 三宅:学生に対するチェックも必要かもしれない。この間、知人に聞いて驚いたのですが、いまや大学では授業中に帽子を被っているなんて当たり前、さらにひどいことに飲食も自由なんだという。これは東京の有名私大の話ですが、知人が授業していたら、目の前でおにぎりを食べている女の子がいたので注意したら「お腹がすいたから」と、平気な顔で答えたという。講義中は先生の話にしっかり耳を傾けるのが、当たり前だと思うんですが、そういうことは教わらなかったんでしょうね。愕然としましたよ。親は一体何をやっているんだ。 《教育再生は可能か》 坂本:家庭の地域社会もまともに機能していないから、子供達にとって世界は、友人達との関係しかない。もし友達の輪からもはじかれてしまったら、その絶望感は察するに余りあるね。いじめを原因とする自殺は孤独な子供達の病とも言えるでしょう。 八木:基本法の改正は第一歩でしかない。その後も文科省と日教組の馴れ合いをいかに排除していくか、教育再生のカギはそこにあります。 --------------------------------------------------------- ◆ ---------------------------------------------------------- 八木秀次箸 「公教育再生」 PHP ・現状では管理職と教諭だけであり、それが左派系教職員組合の団結を許している。 |
| 宇佐美忠信 富士社会教育センター理事長 諸君平成19年1月号 ・日教組の方針書には「人権」「自由」「民主主義」の理想が高らかに謳われています。しかし、日教組も自ら痛いところに触れる勇気はないようです。日教組が朝鮮総連や北朝鮮と浅からぬ関係にあることは、周知の事実ですが、北朝鮮拉致被害者救出運動には一切触れていません。口先だけは立派だけど、ホンネでは共産圏の人権抑圧は見て見ぬ不利なんです。拉致の問題を、地方の連合が取り上げようとしても、日教組や自治労があればでっち上げだといって猛反対して潰していたんですよ。 ・6年程前に、私が関係しているある研究会に寺脇氏を呼んで、文部行政の話を聞いたことがあるんです。彼は私たちの前に現れる否や、椅子の上に胡座をかいて、エラソーに話し始めたんです。まあ、なんと礼儀を知らない奴だと思いましたね。こんな男に日本の教育行政を任せていたと思うと、ほとほと情けないですね。 |
| 三宅久之 政治評論家 諸君平成19年1月号 ・先日、日教組の活動家の教師と話をする機会があったんです。彼は「70人くらい教職員がいる学校でも、活動的な組合員が5人いれば完全に職員会議は牛耳れる」と豪語していました。つまり組織率が低くなっても、大きな声を出して活発に活動していれば昔のままだということなんですな。 ・学生に対するチェックの必要かもしれない。この間、知人に聞いて驚いたのですが、いまや大学では授業中に帽子を被っているなんて当たり前、さらにひどいことに飲食も自由なんだという。これは東京の有名私大の話ですが、知人が授業していたら、目の前でおにぎりを食べている女の子がいたので注意したら「お腹がすいたから」と、平気な顔で答えたという。講義中は先生の話にしっかり耳を傾けるのが、当たり前だと思うんですが、そういうことは教わらなかったんでしょうね。愕然としましたよ。親は一体何をやっているんだ。 |
| 坂本恵子 元・横浜市立中学校教諭 諸君平成19年1月号 ・大学を卒業し、教職員として正式採用が決まったとき、教師をしていた祖父や父の友人の校長先生から「日教組には絶対に入るな」と厳重注意を受けました。あんまり何度も言われたので「どうしてですか」と聞いたら「学校に行けばわかる」というんです。 確かにその通りでした。私のような理系で右も左も分からないような新人教師には「教育係」がつくんですが、その先生が日教組の幹部で、驚いたことに金日成バッジを持っていたんですよ。「意識改革」と称して「組織、階級意識を持つことがいかに大事であるか」「教師は労働者だ、聖職者ではないんだ」ということを散々教え込まれましたが、私が余り真剣に聞こうとしなかったらすごい剣幕で起こられました。ビンタされたこともありました。 幸い私は理科室という逃げ場があり、緊急の用件がなければ職員室に顔を出すこともなくやり過ごせたのですけど、国語や数学の教師は逃げ場がなく、日教組の過激な先生から年中「指導」されたので、中には精神的に追い込まれていく人もいました。 ・教育の現場ではそんなスカスカの内容も、十分に理解できない教師がいるんですよ。教科書のマニュアル本というのがありますが、じれは実によくできていて、そのまま黒板に書いていけば、授業が成立してしまう。このマニュアルに頼る先生が多いんです。ひどい例になろとコピーして切り貼りしたものを子供に渡しておしまいという先生も公立にはいます。 そういう先生に生徒が質問しても、マニュアルを見るばかりで全然要領を得ないから、「じゃあ塾の先生に聞くか」となってしまう。子供は夜遅くまで熟にいます。だから学校に来ても午前中なんて眠くてしょうがない。 ・家庭の地域社会もまともに機能していないから、子供達にとって世界は、友人達との関係しかない。もし友達の輪からもはじかれてしまったら、その絶望感は察するに余りあるね。いじめを原因とする自殺は孤独な子供達の病とも言えるでしょう。 |
| 屋山太郎 政治評論家 「日本の教育ーここが問題だ」 海竜社 <日教組がしてきたことは何か> 日教組がしてきたことは、いったい何か。社会主義社会建設のための政治活動である。 後に『非武装中立論」を書いた社会党の石橋正嗣委員長は「学校は社会主義者を再生産する現場である」と唱えた。彼らが憲法9条を根拠に「非武装中立論」を唱えたのは、そのような状態のほうが中国やソ連が日本に侵攻しやすくなり、それに呼応して社会党が政権をとりやすくなるとの思惑からだった。彼らにとって祖国はソ連であり、中国だった。石橋氏は「非武装中立論」で、中ソに侵攻されたとき白旗を掲げて「うまく占領されたほうがよい」旨を説いている。 彼らの“反日的運動”の概略をみてみれば、以下のとおりである。 まず、国旗・国歌を先の大戦と結びつけて「侵略戦争のシンボル・天皇による統制を強める手段」とレッテルを貼り、それを大切に思う自然な主権意識と愛国心を剥ぎ取ってきた。また道徳教育の必要性を徹底して認めず、「価値観の押し付け」と決め付けて、人としてあるべき態度、生きるべき道を教えずにきた。⇒自分たちの価値観(左翼思想)は子供たちに押し付けてきた。 また、日教組は階級闘争史観に根ざしている。秩序破壊、選別反対の理由で“悪平等”を推進した。「教師と子供は平等」として教壇を撤去し、卒業式もかっての風景とは一変して対面方式が主流を占めてきた。 教師は子供たちと友達だとして教師の権威をおとしめることで「しめし」がつかなくなり、学級の秩序は崩壊、クラスの混乱は瞬く間に広がった。教師は教える側であり、子供は教わる側だという秩序が崩壊した結果、福岡では教師がいじめの先端を切り、生徒が自殺する悲劇が起きた。 学力向上にも消極的な教師が増え、「ゆとり教育」がこれに拍車をかけた。 一方では、勤務評定反対闘争からはじまって教育基本法改悪阻止に至る迄、一貫して国の教育政策に反対し、ストライキを含む闘争を展開してきた。 もちろん、これらすべてには、校長の権威も権限もなくして無力化する狙いがあった。ここには、教育現場の支配権は日教組が握るという大きな意思が働いていた。 倫理綱領で“教師は労働者である”と謳い、自認する日教組集団が、わが国の教育現場を牛耳ってきたことが、この国の何よりの不幸であったことを再確認せざるを得ない。⇒分割統治(Divide and Conquer)政策である「日教組」(GHQの置き土産)の解散を願う。 <勤評闘争> 地方公務員法第40条(昭和25年12月公布)には、地方公務員の勤務について定期的に成績評価することを義務づけている。 また「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」(昭和31年6月公布)第46条には、「県費負担教職員の勤務成績の評定は、地方公務員法第40条1項の規定にかかわらず都道府県教育委員会の計画のもとに市町村教育委員会が行うものとする」とある。 具体的には、教職員の勤務評定は校長が行い、校長の勤務評定は市町村の教育委員会が、市町村の教育委員会の勤務評定は都道府県の教育委員会が、都道府県の教育委員会の勤務評定は知事が行うはずだった。 ところが日教組は、「行政職の公務員と異なって、教育職の公務員(教員)については、教育という職務の特殊性から客観的な勤務評価は困難だ」という建前で、断固反対の姿勢を打ち出した。 もちろん階級闘争史観をいただく労働者たる日教組組合員にとっては、教職員間のいかなる差別化も許されない、という立場だったし、自分たちが教育より政治運動に血道をあげている以上、公正な判断が働けば、自分たちが低い評価を下されることは明らかだった。 何よりも、勤務評定によって校長の権限が強まることは、校長の無力化と日教組教員の実効支配を目指す流れに逆行するものである。 こうして、日教組は、「勤務評定は教育基本法第10条の『不当な支配」であり、われわれは断固、これに立向かう」という姿勢を全面に出して、全国で三次にわたる激しい闘争を繰り広げた。 そして今に至る迄、校長には人事権や査定権はない。むしろ山梨県の例にみるように、県教組が教職員の人事権を握り、政治献金と集票活動の多寡で組合への忠誠心を量り、その結果次第で人事・出世は思いのまま、というのが現状である。 |
| 安藤慶太 正論編集部 5月号 平成19年度 ・教育は国の最終責任で行うべきものだ。地方や現場の創意工夫はあっていい。しかし、教育現場では教組の人事介入、学校運営介入が今も横行している。学校の責任者である校長のリーダーシップは不当に貶められ、何事も職員会議で学校の意思が決められる。イデオロギーに基く平和反戦教育など学習指導要領を守らない偏向教育や特定勢力の「不当な支配」は依然あり、教育の質は脅かされたままだ。 ・学校や地教委が抱える病巣を取り除くに当たって深刻な障害がある。そのひとつが地教委と教職員組合の癒着である。「教組問題」が「教委問題」と言われる所以だ。 <裏校長が暗躍する学校> ・教育行政が文科省ー都道府県教委ー市町村教委ー各学校と四層構造を作っているのと同様に、教組側も中央本部と都道府県教組の下に支部組織があり、さらに各学校ごとの「分会」という組合教師の集団がある。この分会が校長を「分会交渉」「校長交渉」と称する職場交渉で吊るし上げたり、様々な要求をつきつける。これが校長の権限を骨抜きにし、正常な学校運営を蝕んでいる元凶なのだ。「分会長」は組合本部の指令を受け、学校を組合管理とするための「裏校長」のような存在だ。 ・地方公務員法55条3を見ると「地方公共団体の事務の管理及び運営に関する事項(管理運営事項)は交渉の対象とすることはできない」と定めている。また分会は一般的な交渉の当事者とはなりえないし、仮に労使協議の対象となる場合でも、協議のテーマは給与や勤務条件とこれに付随するわずかな事柄に法令上限られている。さらにテーマを決める予備交渉も課され、出席メンバーも限定されている。学力テストも教育課程に関する事柄で管理運営事項である。労使交渉の対象にしたり、歪めることは許されない。 <組合天国は四六協定から> 北海道で学校運営を組合管理に貶めた発端は昭和46年12月に交された四六協定と呼ばれる労使合意といえる。 四六協定の全容は資料に示したとおりだ。13項目の中に「勤務条件に関わるものは全て交渉事項とする」という一文が盛り込まれている。この一文が大きな害悪を学校にもたらしたといえるだろう。 学校で何を教えるかといった事柄は学校教育法に基づき学習指導要領で定めている。また児童生徒が毎日、どの科目を勉強するかは定めた時間割や学校業務の割り振りも校長の責任で定めるものだ。校長や教頭の人事などの管理運営事項を労使協議に委ねると、住民や国民の負託を負った議会の議決や決定、判断を歪めるだけでなく、公教育に責任を負っている教育委員会や校長の判断を歪めることにも繋がるため、こうしたことを交渉事項にしてはいけないのだ。 では組合との交渉事項にできるのは何か。それは給与や勤務時間、休暇などの勤務条件に原則限られる。原則と述べたのは現実の学校を見ると、管理運営事項と勤務条件とが密接につながる場合があるからだ。例えば、ある教員が人事異動で意に反する転任を命じられたとする。さしあたって住宅をどうするかといった問題が突きつけられている、といった問題だ。法律はこの場合、人事そのものを交渉対象にして、人事を撤回させるようなことは許されない、とする。が、人事に伴う通勤や住宅整備といった問題は勤務条件に関わることなので交渉事項にできる。常識的なことだ。 ところがこれを拡大解釈して、「勤務条件に関わるものは全て交渉事項とする」としてしまうとどうなるか。こうなると学校の時間割や教育課程、学校業務の割り振りなどの管理運営事項であっても勤務条件と関係があるからといっては交渉のテーブルにのせることが可能となる。法律や法令、議会の議決などを踏まえた予算、様々な施策でも労使交渉でどうにでも歪めることが可能となる。この一文で、学校には労使交渉が無秩序に持ち込まれ、ふるまわされることになったのだ。 ・北海道では「事前協議」という習慣がある。通達の中身はあらかじめ組合側に伝えられ「両者確認」のうえでなければ、流せないことを約束させられていたのだった。(中略)教育改革をテーマに様々な提案や施策が発信されても、それが道教委、市町村教委を経て、学校に届き、それが浸透するのには多くの困難が伴うのだ。 ・労使確認書の中には勤務時間中の組合活動を容認したり、教頭、校長への人事介入、主任制の骨抜きを図る内容のものが含まれている。 <一掃されない癒着構造> <地方分権は不正の免罪符か> ・組合主催の教研集会への出席に校長が承認を与え、有給参加することは裁判でも違法性が確定している。道教委は組合主催の教研集会への参加を認める確認書については破棄したが、四六協定でこの文言が残っているため、これを根拠に校長は依然として承認させられている。 ・「遅出早帰り」も依然ある。これも確認書は破棄したが、道教委が出した別の通達では「休息時間内に出退勤することも差し支えない」と明確に認めている。 ・通達の「事前協議」も明確になくなっていない。 ・勤務条件に関する職場交渉を校長が行うことを想定した通達が今だ存在する。 ・超勤四項目(生徒実習、学校行事、教職員会議、非常災害などやむをえない場合の必要な業務)のそれぞれにさらに細かな制限を加えている。 ・地教委に指導主事はいるのかどうか。 ・公務員の査定にあたる「勤務評定」はされているのかどうか。 ・「確認書」の一掃は終わっているのか。 ・「政治活動」はされていないかどうか。 ------------------------------------------------------- ◇ ---------------------------------------------------------- 会場使用を拒否したプリンスホテルは制裁されるべきなのか −これだけの「迷惑イベント」を「全く問題なく開催」と答えるのか− <開催でどんな影響が出るのか> <不十分だった当初の説明> <周辺では入試が目白押し> <迷惑イベントとしての教研集会> <ホテルだけ安全でも許されない> 教研集会のような宴会に関しても「利用規約」がある。定められた契約解除権には「宴会に出席されるお客様が法令もしくは公序良俗に反する行為をする恐れがあるか、あるいは他のお客様にご迷惑をおかけするとホテル側が判断した場合」とある。音響についても「バンドや太鼓他、大音量の発生が予想される場合、必ず事前に営業担当者にお申し出ください。周囲の状況によってはお受けできない場合もございます」ともある。 <威嚇や抑止効果としての民事裁判> |
| 大和撫吉 「日狂組の教室」 普遊社 マンガ「日狂組の教室」で知ったこと! <明治政府は日の丸の売却を拒否した> 明治初期に、洗練された美しいデザインの「日の丸」は日本に着任した各国の大使に注目されていた。フランス政府は明治新政府に「日の丸を五百万円(当時の金額)で売却してほしい」と正式に依頼をした。だが、当時の外務大臣だった寺島宗則は「国旗を売り渡すことは国家を売り渡すことに等しい」としてこの申し出を拒否した。(参考文献:泉欣七郎・千田健著「日本なんでもはじめ」ナンバーワン刊)(38頁) <世界国歌コンクールで一等を受賞> 君が代は明治36(1903)年にドイツで行われた「世界国歌コンクール」で一等を受賞している。ある英国人は君が代を「天上の音楽である」と激賞したという。(参考文献:金田一春彦・安西愛子著「日本の唱歌」全三巻、講談社刊)(38頁) <修学旅行先としたことにより韓国から勲章をもらった日本人> ・中村雅登理事長(九州産業大付属高校):銅塔産業勲章(2003年9月26日) ・清水秀樹理事長(向上高校):産業褒章(2003年9月26日) ・藤田照清理事長(智弁学園):産業褒章(2004年) <主な内容) 一限目:荒れる始業式ー「日の丸・君が代」問題 二限目:サヨク教師の「特別平和授業」ー偏向歴史教育 三限目:セックス革命ージェンダーフリーと性教育 四限目:教育テロ集団ー日教組の正体 (大和撫吉 「日狂組の教室」 普遊社) |
| 平本 忍 35歳 厚労事務官 広島県福山市 そもそも組合は「憲法で保障された自由と権利」などという勝手な理論で労働条件改善とは程遠い違法な組合活動をしていた。 広島の社会保険事務所についていえば、勤務時間中に休憩も取らずに事務所内で反日組合活動をしていた。歴代の社会保険事務局長(かっては広島県保険課長)は社会保険庁から派遣されており、着任そうそう組合と「着任交渉」なるものをさせられ、違法な組合活動を黙認させられた(社会保険庁は嘘だと思うなら広島社会保険事務局長か広島県保険課長の経験がある幹部職員に聞いてみたらよいと思う)。 こういう違法な組合活動をしていた職員はなんら処分も受けずに出世して、外部団体等に天下りするのである(組合は天下り先のことを「第二職場」と読んでいる)。 社会保険事務所の窓口は混雑している。これを改善するために、違法な組合活動をしているのになんら処分も受けず、多額の退職金をもらった組合員のOBをボランティアで総動員したらどうか。それが嫌なら勤務時間中の違法な組合活動にかかる給与を利息をつけて国に返すべきである。 |
| 宮嶋茂樹 カメラマン 「正論平成20年4月号」 ・沖縄の集団自決を授業で熱心に教えても、沖縄がどこにあるのか、どころか、日本とアメリカが戦争したことすら知らん低ノーガキでガッコはあふれとるのである。 それもこれもセンセイ方がさぼりたい一心で考え出された「ゆとり教育」のせいや。 ・「子供の人権」と金科玉条を唱えながら、いたいけな少女だった横田めぐみさんが北朝鮮に拉致されたと判明しても、「反独裁」「反北朝鮮」の決議どころか、討論すらされないのである。 ・土、日しっかり休みたい。残業したくない。そんな奴ははじめから教師になるな。教育に一生を捧げる覚悟のない奴に教師になる資格はない。(宮嶋茂樹 カメラマン 「正論平成20年4月号」) |
| 真中行造 HP管理者 《日教組組合員》(2006年10月1日現在) ・296,345人 ・(組織率):28.8% ・新規採用者の日教組加入率:21.9%・・・・全教と分裂して最高だった。 《全教》 ・(組織率):7.1% 《全日教連》 ・(組織率):2.2% 《日高教右派) ・(組織率):1.1% 《教職員団体全体》 ・(組織率):46.2% |
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