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歴史・文化・国家・国益観(のない総理大臣)(1) |
| 前野徹 著 「日本の敵は日本人」 経済社 <国家の盛衰を決める要素(李登輝氏)> 1.強力なリーダーがいること。 2.明確な国家目標があること。 3.アイデンティティの確立と団結。 <歴史観も国家観も国益観もないリーダーは去れ> 歴史観も国家観も国益観もない人物が国の最高指導者、最高責任者になる。これほどおそろしいものはない。たとえてみれば、我々日本国民は海図も羅針盤もない目的地も持たない船長の船に乗り合わせたようなものである。しかも乗組員たちもどこに向うか考えていない。 他国の船からこっちに行けと言われれば、命令どおりかじを切り、カネをよこせと要求されれば、まるで向こうの手先でもあるかのように、ごもっともですね、と国益などどこ吹く風で乗客の財産まで差し出す。 行く手に待っているのは座礁か、沈没か、乗っ取りか、我が祖国、日本は滅亡に向けて航路を進んでいる。 <世界一の債務国が繁栄し、債権国が没落> ・かってのイギリスは債権で世界を支配したが、いまやアメリカは債務で世界経済を支配し、搾取を続けている。その最大の標的となったのがジャパンマネーで、日本は米国債という紙切れを抱え込まされ、売ろうにも売れない状況になっている。 <日本を蘇らせるカンフル剤> 戦後の悪しき体質のひとつに、先送り主義がある。やっかいなことは全て先送りして、後回しにしてきた結果、憲法、教育基本法の改正の好機をのがし、精神破壊を進行させた。そしていまや、手遅れとも言いたくなるほど、日本人の心の変容が起こっている。 1.強力なリーダーの誕生 2.総理が国会で「大東亜戦争は、自存自衛の戦争だった」と宣言すること。 3.国民的な運動の喚起 |
| 佐藤 勝巳 現代コリア研究所所長 「日本外交は何故朝鮮半島に弱いのか」 草思社 ・基本的に歴史は、当時の価値観で評価する以外ないのである。 ・植民地支配が「悪」であったなどといって「謝罪」しているのは国は世界中で日本しかない。 ・たとえば「1281(弘安4)年、元軍十万は高麗軍とともに大挙して我国を襲撃した。これを侵略と糾弾し、謝罪と償いを求めることができるというわけである。こんなことをしたら、世界は絶え間ない紛争に明け暮れる戦場と化す。「村山談話」はこういうことを容認した信じがたい内容なのである。 ・かっての被支配国が旧宗主国に向って、半世紀以上も経過してから植民地支配に対して「謝罪せよ」などといっているのは世界中で韓国と北朝鮮だけだ。 ・朴大統領の時代はこんなことを口にしなかった。日韓のあいだでの植民地支配の処理は、1965(昭和40)年の日韓基本条約及び諸協定をもって終わっている。 ・朴政権ののち韓国は「従軍慰安婦」の補償などを日本に要求してきた。本来、韓国の慰安婦に補償が必要なら、それは韓国政府が処理すべきことなのだ。なぜなら、それにあたる資金は日韓基本条約の締結後、すでに日本政府が韓国政府に支払っているからだ。これを要求するほうもするほうだが、応ずるほうも応ずるほうだ。 ・こうした要求に対しては、それは外交上解決済みであり、韓国の内政問題に日本政府は関与できないと答える以外ない。もしも韓国側に65年の条約や協定に不満があるなら、韓国政府は正式な外交ルートを通じて条約の改定を提起すべきなのだ。 ・日本政府がなにをやったかといえば、65年に締結した協定の内容をなし崩しにし、韓国側の要求に応じて「アジア女性基金」をつくり、これに税金を使ったのである。自分で結んだ約束(協定)をみずから守らない。なぜこんなことをするのか。 ・日本政府が条約上解決済みであると対応すれば、ソウルの日本大使館はデモ隊に囲まれ、投石されるだろう。両国関係は一気に緊張する。信じがたいことだが、日本政府はこの緊張を恐れたのである。 |
| 憲法改正の好機逃した吉田茂 前野 徹 「第四の国難」 扶桑社 より ・先送り主義、無責任、悪平等の社会、曖昧模糊とした国家を作り、戦後の日本を出口のない隘路に追い込んだ。 ・米追従の外交 ・私利私欲の官僚制度の基盤を固めた ・マッカーサー憲法を後生大事にありがたがる風潮を作ってしまったのも吉田茂。 ・独立国とは名ばかりで、今も軍事的にはもちろん、経済も政治も外交も、国の基である憲法も、あらゆる面で事実上、アメリカに支配されていて、独立国の体を成していない。 <1946(昭和21)年5月22日ー第一次吉田内閣誕生 > ・憲法改正の100日審議 「独立国として自衛権を持つのは当然だから、戦争一般でなく、”侵略戦争”の放棄とするほうが的確ではないか(共産党の野栄参三議員」ー憲法第9条二項の戦争の放棄に対して 「国家正当防衛権を認めること自体が、戦争を誘発する原因となり有害無益」とGHQの意向の代弁に終始した。 <サンフランシスコ講和条約> ・対日講和条約は日米安保条約とワンセットで締結され、日本の属国化を決定づけた。 ある国が他の国の独立を奪う目的をもって保護条約を結ぶ時には、必ず国防権を剥奪する。アメリカも、憲法第9条を盛り込み、日米安保条約の締結で、日本の国防権、すなわち独立権を奪ったという訳です。 日米安保条約は吉田首相が発案した形を取っており、日本がお願いして日本の周辺に米軍の駐留を認めるという体裁で結ばれた。この条約の内容がそもそも世界に例のない不平等条約だった。「アメリカが一歩的に軍事保護を与える」とあるだけで、日本には条約締結の相手国、アメリカに対して何の義務もない。 アメリカが韓国と結んだ米韓共同防衛条約も、フィリピンとの米比共同防衛条約も、米国本土が第三者から攻撃を受けた場合、アメリカを救援するために、韓国、フィリピンはアメリか側に立って戦うと定まられている。ところが、日本の場合だけ、相手国の防衛は請負う義務がないという対等ではない内容だった。 このような対等とはいえない条約を日本に押し付けてきたのは、軍事保護を与える代わりに、日本の軍備拡大の自由は許さないというアメリカの意思がそこにあり、それによって、事実上、日本の独立国への道を封じようというのがアメリカの狙いだった。 ・もし、吉田首相が一流の政治家なら、講和条約を結んで主権を取り戻した時点で、国民にアメリカ製の日本国憲法の是非を問うて、政治生命を賭して改憲に取組んでいたはずだ。 当時は、野党も憲法改正には否定的ではなく、むしろ、押付け憲法は改正すべきだという世論の声が高かった。なのに、吉田は千載一遇の好機を逃し、肝心な問題は先送りにしてアメリカのお先棒を担いだ。 ・今ひとつの吉田の罪は、官僚主導政治に日本を導き、日本の将来を憂うる党人政治家たちをはじめとする健全保守の声を圧殺してしまったことである。 ・戦後日本の大きな病巣のひとつは、官僚支配体制とは識者の一致する見解だ。官僚たちが権力を一手に握り、国会をハイジャック、我もの顔で君臨してきた。あげくに彼等は規制という名の武器をちらつかせて、産業界を自在に操り、国益そっちのけで私利私欲に走ってきた。この悪しき官僚利己主義の元凶を作ったのも官僚出身の吉田茂だった。 ・気位の高かった吉田は、初めから一般大衆など眼中になく、それどころか政党政治と民衆を侮蔑していた。その吉田の考え方が対米追従一辺倒の政治、さらには絶対的権力であったGHQの力を借り、民主政治の根幹である政党政治潰しにまで繋がった。吉田はまさに虎の威を借る狐だった。 |
| 「侵略戦争」を明言した細川元首相 前野 徹 「第四の国難」 扶桑社 より ・歴代の首相たちが、それまで中国や欧米からあの戦争は侵略戦争だと決め付けられても、決して認めなかったのは何故か、わかってるのか。外圧に屈せず、忍の一字で頑としてはねつけてきた理由を。 ・以後、日本の戦争責任に対する”誠意”を求める声が近隣諸国から噴出した。誠意を示せ、謝罪をせよは、即ち「金をよこせ」ということにほかならない。 |
| 村山富市 前野 徹 「第四の国難」 扶桑社 より ・謝罪主義は最高潮に達し、日本は贖罪国家に堕ちていく。 ・「日本の植民地支配と侵略によって、多くの国々、とくにアジアの諸国の人々に多大な損害と苦痛を与えた。・・・痛切な反省の意を表し、心からお詫びの気持ちを表明します」 細川が端を開き、村山が完成させた贖罪国家・日本は近隣諸国に賠償の口実を与えたばかりか、歴史に対する深い考察もなく、勉強もしょうとしない日本の政治家たちの間に安易に贖罪をするという風潮を作った。 |
| 高市早苗氏 近畿大学教授 正論3月号 平成17年度 ≪政府の歴史見解≫ この「政府の歴史見解」なるものは全省庁を拘束し、大臣、副大臣等に就任した国会議員も政府見解を逸脱した言動が許されなくなる。私自身も、小渕内閣における通商産業政務次官就任時、小泉内閣における経済産業副大臣就任時には、役所から「政府の歴史見解」を記した紙を渡され、文言を頭に入れておく様にと要請された。教育行政が影響を受けるのは勿論のこと、通商交渉に臨むに当っても「政府の歴史見解」の精神を尊重することが求められるのである。 現在の「政府の歴史見解」は、平成7年8月の村山富市総理の談話をそのまま踏襲している。「わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで、国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました(後略)」として、痛切な反省とお詫びで括られた談話だ。 あまりにも具体性に欠け、情緒的に過ぎる談話を、その後四代の自民党総理が踏襲していることが不思議でならない。 第一に、この見解は、過去のどの戦争の如何なる行為に対する反省であり謝罪なのかが明らかではない。 第二に、現在の政府に反省や謝罪の主体者としての権利があるのかどうかにも疑問を感じる。近代法の原則では「罪は犯した人に専属するもの」であるから、日本は世界で唯一、日本人に生まれただけで罪であり反省と謝罪をすべしという「民族責任論」を唱えていることになる。 第三に、「国策を誤り」という表現だが、これは謙虚に見えて実は非常に傲慢な発想だと思う。もしも先の大戦で日本が戦勝国となり、東京裁判で一方的に断罪されることがなかったとしても、この見解は変わっていなかっただろうか。現代に生きる私達が「何故、勝ち目のない愚かな戦争をしたのか」と嘆くことは簡単だが、当時の国際環境の中で日本が取りえた「他の正しい選択肢」を示せる政治家など居ないと思う。 第四に、「植民地支配」への反省もしているが、過去の条約に基づく領土割譲や権益獲得を反省する事に意味があるのだろうか。日本の支那における諸権益は「日支間条約」によって、日韓併合は、「日韓併合に関する条約」によって実現した。条約基づく事象を非とするなら、日本は間接的に米国、英国、オランダ、フランスをも批難している事に等しい。 第五に、日本が行なった戦争の性質を「侵略戦争」と安易に認定した事が、最大の問題である。 村山は、衆議院予算委員会で「総理は侵略戦争と思って戦場に行ったか」との私の質疑に対して「お国のためと思って行った」と答弁された。その戦争が自衛戦争なのか、所謂侵略戦争んおかは、当時の「国家意思」の問題である。 先の大戦開戦時の国家意思を示す公文書は昭和天皇の勅語だと思うが、それは「米英両国は、帝国の平和的通商にあらゆる脅威を加う。帝国の存立、またまさに危殆に瀕せり。帝国は今や自存自衛のため決然起って、一切の障害を破砕するのほかなきなり」としている。政府は、当時の国家意思をどの公文書を根拠に判定したのかを明確にしなければならない。 国際法上、いわゆる侵略戦争は禁じられている。「ケロッグ・ブリアン条約批准に際しては、各国から条件が付され、条約で禁ずる戦争に「自衛戦争」を含めない事となった。英国は「植民地を含む自国領域防衛のみならず、海外の自国権益保護も自衛と認める」と宣言した。更には、ケロッグ米国国務長官が「自国が行なう戦争が、自衛戦争であるか侵略戦争であるかは、各国自身が認定すべきものであって、他国や国際機関が決定できるものではない」と主張し、米国政府公文により、明確に「自己解釈権」の概念が発表されている。 村山談話をもって、日本は自ら条約違反の「侵略戦争」と「民族責任論」を認めたわけだ。ご丁寧にも、談話発表後、各国に謝罪文まで送付したしまった。この不見識な見解をこのまま放置するならば、「犯罪国家の国民」として子孫を縛りつづけることになる。小泉総理の手による新たな歴史見解発表なくしては、教育や外交の改善もあり得ないのだ。 |
| 橋本 竜太郎 前野 徹 「第四の国難」 扶桑社 より ・終戦記念日の前日、韓国の元従軍慰安婦に宛てた「おわびの手紙」の中で、従軍慰安婦への軍の関与という根も葉もない事実を確かめもせずに明記、謝罪したと思えば、終戦記念日にはアジア諸国民への加害に言及「深い反省と哀悼の意」を表明した。 |
| 民主党 前野 徹 「第四の国難」 扶桑社 より ・「日本は何よりも、アジアの人々に対する植民地支配と侵略戦争に対する明瞭な責任を果たさずに今日を迎えている」と断言し、党の基本政策に元従軍慰安婦はの深い反省と謝罪を揚げている。こんな政党が政権をとりでもしたら、それこそわれわれ日本人は、謝罪奴隷にされてしまいかねない。 |
| 「本当の悪人とは」 前野 徹著 「第四の国難」 扶桑社 より ・本当の大悪人、犯罪人は、日本を奴隷外交、贖罪国家へと導いた吉田茂、細川、村山富市の三人の歴代総理である。中国や韓国に「侵略国家・日本」という外交の道具を与え、国民の血税を浪費するきっかけを作った細川、村山両首相は、国家反逆罪に問われるべきではないか。 |
| 福田和也 評論家 頭がいいとはどういうことか。知識が豊富なことでも、記憶力にすぐれていることでもない。「何が肝心かがわかることだ。これがわからないのが幼稚な人間である」と。 |
| 佐藤健志 評論家 正論10月号 平成16年度 ・「事実」とは、要するに架空でないもの、世の中に存在するものである。とはいえこの世には、相反する性格の事実が多々存在するので、それをただ集めただけでは、世の中のあり方に関する一貫性を持った理解ーつまり現実認識は形成されない。事実から現実への変換をはたすには、「物事の本質はこういうものだ」とする何らかの基準に従って、事実を選別しなければならないのだ。「真実」とは、くだんの基準のことと定義される。 現実にしろ真実にしろ、その意味では少なからず主観的なものといえよう。ならば優れたドキュメンタリーの条件とは、「独自性と説得力に富んだ真実にもとづいて、事実を記録した映像を提示、観客が自己の現実認識を主体的に変革するよう迫るだけの力を持つかどうか」になる。ただし同じことは、虚構の映像を媒介としても可能なので、こう定義するかぎり、ドキュメンタリーと劇映画に本質的な相違はない。 ・劇映画は観客に対し、「理想化された自分自身の姿を映す鏡」の役割を果たそうと、「外の世界を見せる窓」の役割を果たそうとかまわないが、ドキュメンタリーたるもの、本質的に「窓」でなければならないのだ。 |
| 深田匠著 「日本人が知らない『二つのアメリカ』の世界戦略」 高木書房より 中韓が押し付けてくる一方的な日本悪玉史観に対して疑問や異議を口にした為に、不本意な辞任や罷免などに追い込まれた藤尾正行、奥野誠亮、永野茂門、桜井新、江藤隆美各氏ら閣僚の方々、そしてその他にも多くの政治家が「謝罪」を要求された。その国辱の事実を我々日本人は長く記憶に刻むべきである。高市早苗氏は、大臣や副大臣の就任会見前に「村山談話」のコピーが配られて、その歴史観以外の歴史認識発言が禁止されるといぅ事実を明らかにしておられるが、「村山談話」とはまさに中共史観そのものなのである。閣僚が中共史観の「踏絵」を踏まされて個人の歴史観を口にすることを禁じられる。この現状を鑑みてもまだ「日本はアメリカの属国だ」というのだとうか。中共の要求するこの「正しい歴史観の共有」とは、すなわち中共の反日史観を一方的に日本に受け入れさせようということであり、日本の立場の視点からなる歴史観は中共は僅かたりとも一切認めない。そして中共と同じ歴史観を共有する国とは、中共の属国以外は絶対にありえないということだ。日本はすでに「近隣諸国条項」「村山談話」「衆議院謝罪決議」その他で、、自国の歴史観を中共に献上してしまっているのではないか。 |
| ≪日本再生への道ー憲法・歴史観・政界再編ー≫ もし日本が中共の勢力圏に入ってしまえば、日本は再び繁栄を続けるための唯一の道は、アジアを自らの勢力圏にして中共政権を瓦解させ、台湾、インド、ASEAN、南方の海洋島国と共に、EUのような穏やかなアジア連邦構築を目指す方向以外には絶対に有りえないのだ。しかしそのためには、まず国家観と歴史観の再構築が前提となる(520頁) 小泉首相がいくら「構造改革なくして景気回復なし」と叫んでも、構造改革は不可能であろう。それは、国家の基軸たるもの、即ち憲法及び教育・外交・安保の国家的大計が改革されていないからである。国家基軸を改革するには、国家としての自虐史観の克服が必要となる。つまるところ現在の日本の国家の基軸を左右しているものは、大東亜戦争に対する見方であり、それはGHQの創った戦後体制を今後も続けるのか否かということを意味するのだ。「歴史観改革なくして国家基軸改革なし、国家基軸改革なくして構造改革なし」ということである(520頁) |
| ≪パワー・ポリティクスの未来学≫ 米国防総省のA・マーシャルが1999年に作成した「アジア2025」というレポートがある。このレポートでは「アジアには今後、中国による破局的な非連続的構造変化が、しかも急速にやってくる可能性がある」「中国が近代化に成功して強い国になった場合、中国は彼らのいう戦略的国境論を実践に移し、日本に日米安保破棄と中国の属国化を迫る」「中国が近代化に失敗した場合、経済停滞から20世紀前半の中国大陸のような状況となり、軍事的冒険主義に走って米露と衝突する」「中国は強国となっても弱体化しても、いずれのしろ米国の競争相手となる」と分析予測している(542頁)。 さらに同レポートでは2025年における日本の未来として、@米国との同盟を強化して軍事的・国際政治的に自立した大国となる。A日米安保を解消して孤立した軍事大国化の道を進むB中国の覇権を受容してその事実上の属国と化す。以上の3パターン以外にありえないとも分析している。日本の現状を見るとAの可能性は最も低く、中共ー米国民主党ー日本の親中左派が目指すBに対して、我々が採るべき方向性は共和党及び台湾独立派と連携しての@の未来ではないだろうか。これについて同様にS・ハンチントンも近著『引き裂かれる世界』の中で、日本の近未来は「アメリカとの同盟を強化して中国への対抗勢力形成を進める」「台湾・ベトナム・インドネシアなどを日本グループに入れ、軍事大国となって独自に中国に対抗する」「中国主導の地域連合に入り従属的地位におかれる」の3パターン以外は存在しないと断じている。つまり日本の20年後の近未来は、この3つの可能性以外は絶対に存在しないのだ(542頁)。 2004年2月15日の米ワシントン・ポスト紙は「パキスタンの原爆の父と呼ばれるカーン博士によるリビアやイラン、北朝鮮などへの核兵器技術拡散の闇ルートは、中国が起点だったことが浮き彫りになった」と報じているが、かってソ連が日独と英米を衝突させて資本主義国同士の衰退を謀ったごとく、中共は中東と英米の衝突を謀っている。イスラムとアメリカを対決させることによって、最後に世界覇権を握るのは中共だという戦略である。そしてその中共の野望の妨げとなるもの、それはただ一つ、中共にとってのアジアの宿敵日本が目覚めることだけなのだ。それをよく理解しているが故に、ブッシュ政権は日本に対し「めを覚ましてくれ」と願い、靖国参拝の申し出まで含めた心からのエールをおくっているのである。戦闘行為さえできない自衛隊のイラク派遣にブッシュが大喜びしたのは、この日米団結の絆が一歩確かに前進したからなのだ(543頁)。 1994年8月22日付けの米ウオールストリート・ジャーナル紙(共和党系)は次のような一文を掲載している。「民主国家日本の有権者が、いつまでも無防備のままでいいと考えているのは誤りだ。日本がどんな自衛策を講じるかによって、今後何十年ものアジア全体の安全保障の形が定まるであろう。(中略)より恒久的な問題は中国で、中国が日本を戦略上の競争相手とみなすことは不可避だ。日本がいつまでも受身で傍観すべきではないことは誰もが納得しょう。他のアジア諸国は、日本の力が中国の野望の抑止力となり得るかどうかを熱心に見守っている。日本が自国の軍事的安全保障を真剣に考えるなら、立派な役割を果たすことができる。その場合の真の問題は、日本がどのような超大国になるべきかだ。日本が強大な軍事力を持ちつつ防衛的超大国になるなら、それは日本にとってもアジアにとっても一番いいことであろう。その前に日本は第二次大戦ノイローゼという重荷を降ろすべきだ」。つまり日本の軍事力増強こそが中共の野望を抑止すること、それをアジア諸国が願い見守っており、そのために日本はまず自虐史観と決別すべきだと分析しているのだ。まさに然り、同紙が述べるとおり日本が目覚めて中共のアジア制覇の野望を阻止するか否かによって、今後何十年ものアジア全体の安全保障は左右される。これこそがまさに現代の大アジア主義であり、アジア全体に対する日本の責務である。決して外務省の赤い官僚が主張するが如き「中国への謝罪と償い」などがアジア主義ではなく、また日中の連携などという非現実的な幻想も現代のアジア主義ではない(543頁)。 ハンチントンの文明の衝突では「中華文明・イスラム文明」対「西欧文明」の衝突によって新世紀の世界は拡散して恒常的暴力の時代になるというが、まさにその予測どおりに現実の世界は動いている感がある。西欧とアジアが敵対するような近未来は、何としても回避しなければならないが、中共の中華文明とアメリカが代表する西欧文明では対決は不可避となる。西欧とアジアの掛け橋となることが明治維新以来の日本の使命であり、また世界中でその役割が果たせる国は日本しかないのだ。それは即ち、日本がアメリカの同盟国としてアジアの平和を乱す中朝を倒し、アジア平定を行う使命を意味している。そして中共政権が崩壊すれば日本はアジアのバランサーとなり、そうなれば世界人口の半数を占めるアジアのリーダーとして日本は、米欧露に対する大きな国際影響力を持つことになる。欧米白人諸国に対して堂々とアジアの主張を行い、それを通用させるだけの「力」を日本が持ち、再び大東亜共栄の理念を掲げたとき、そのときが真の興亜実現のときとなるであろう。日本がこの使命を果たさずして、興亜すなわちアジアの友好繁栄は決してありえないのだ。父祖たちの世代が私達に大東亜戦争という偉大な足跡を遺してくれたように、私達はまた中共政権打倒という足跡を子供達に残してやろうではないか(544頁)。 地政学の創始者の一人として高名なオックスフォード大学教授ハルフォード・マッキンダーは「海洋国家が大陸国家と対峙している場合、その中間に存在する半島部分を大陸国家に支配されてしまえば、その海洋国家は滅亡するしかない」と述べている。これは紀元前から現在に至る人類の歴史が裏づけている事実でもある。明治維新以来の日本人は、海洋国家日本が生き残る為には、大陸国家(シナ、ロシア)との間に存在する唯一の半島部分、すなわち朝鮮半島こそが日本国家存続のカギとなることを本能的に理解していた。古代より朝鮮半島の歴史とは、内紛に外国を巻き込む歴史を延々と繰返しており、好むと好まざるに関わらず日本も絶えず巻き込まれつづけてきたのである。これは海への出口を確保しょうとする大陸国家と、大陸への足懸かりにしょうとする海洋国家とに挟まれた半島国家の地政学的宿命であり、古今東西の歴史の中で紛争を繰返してきた地域の多くは大陸から突き出した半島部に位置している。こうして日本は朝鮮半島をめぐる支配権の対立によって日清・日露の両戦争へと至り、この二つの戦争に日本が勝ったことで日本の独立と主権は護られたのである(544頁)。 現在の北朝鮮問題をアメリカ主導の下に解決できたとすれば、金正日体制崩壊後も日本にとっての東アジア地政状況は大きく変化しない。しかし、もし中共主導で金正日体制が核開発中止によって生き残った場合、もしくは中共主導により北朝鮮に代替政権が樹立された場合、北朝鮮は中共への依存を深め、また既に反日はもとより反米親中が大勢となっている韓国も中共の支配権に入ることは確実である。つまりかっての日本が日清戦争で戦って守り抜いた朝鮮半島は、再びシナの勢力圏下に組み込まれるということである。韓国軍は現役兵だけでも68万人、それに北朝鮮の120万人を加えると、その総兵力はアメリカを抜き、中共に次ぐ世界第二位になる。慮政権が狙う南北連邦国家が成立すれば、世界第二位の兵力と核ミサイルを保持する「中共の第一の子分」が日本の喉元に刃を突きつけることになるのだ。すなわち対馬海峡が新しい「38度戦」になるということだ。この国際力学の変動が台湾の統一派を有利に導き、もし台湾が中共に統一されてしまえば、それはASEAN諸国全てが雪崩を打って自動的に中共の勢力圏下に組み込まれることを意味する。つまり東アジアにおいて存在するのは、中共とその勢力圏下の衛星国、そして唯一孤立する日本、そのような状態が出現するということだ。従って北朝鮮は何としても崩壊させなければならず、小泉首相が「任期内に国交回復を目指す」とか言っているが、国交回復による経済援助などは論外の愚行であり、朝鮮半島全部が中共の勢力圏下に入れば、「アジア2025」レポートBの未来が確定する(545頁)。 朝鮮半島の位置のみならず、敗戦によって日本で封印されてしまった「先人の知恵」なるものが存在する。例えば日本の敵は常に北の方角からやってくるという歴史上のジンクスがある。北のロシア、西のシナ、そして北朝鮮も北西に位置している。従って日本では敵に破れることを「敗北」と言い、「敗南」とか「敗東」と言わないのは、これに由来しているのだ。また国境の島の防人たる武家を主な出自とする北島姓や西島姓は多いものの、南島姓や東島姓が少ないのも同じ理由であり、日本の東方は海であり南方にも日本を敵視する国は存在しない。日本の南方には、台湾を筆頭にインドネシア、フィリピン、パラオ、サモア、トンガ、キリバスなど50カ国近くの島国があり、これらの島国は独自の海洋国サミットを形成しており、日本にそのリーダーたるよう強く推している。外交の基本は「遠交近攻」といわれるが、日本は北方の敵である北京と一切手を切り、南の親日海洋国とASEAN諸国、そして東のアメリカ共和党勢力と固く手を結んで「北」を常に警戒する構えを維持するべきなのである。それが「敗北」という語が教える「先人の知恵」なのだ(546頁)。 大陸国家は常に国境を幾つも隣国と接するストレスから、必然的に対立・嫉妬・闘争・復讐・弾圧・殺戮等からなる「争いの文明」を生み出す。ロシアやシナなんかはその典型である。 それに対して海洋国家は隣国との間を海が隔てているために、日常的に外敵のストレスにさらされることが少なく、そのために調和・寛容・温順・謙譲・自由・柔和等といった「協調の文明」を生み出すのである。神道に由来する日本の「共生の文明」は、まさに海洋国家の文明を代表するものであり、マグリン教授言う所の「風呂敷包みの文明」の例えの如くあらゆる事象を大きく包み込む文明である。このように大陸国家と海洋国家では文明の特質が正反対であり、ロシアやシナが国家間の条約や信義を平気で破るのに対し、米国や英国がそういった行動を採ることがほとんどないのも、この文明の差異に由来している(548頁)。 外交のイロハと言われる「遠交近攻」は実はこの地政学に基づく発想であり、つまり海洋国家日本が栄えるためには必ず海洋国家と同盟叉は友好を結び、同時に大陸国家に対しては警戒を怠らず深入りした関係は絶対禁物ということなのだ。従って日本が選択するべき同盟は、日米同盟に加えるならば日台同盟や日英同盟などシーパワー同士の同盟以外には絶対に有り得ないのだ(548頁)。 中間国家が両パワーの紛争の舞台となる場合には、大陸に接する部分と海洋に接する部分が二つに割れて代理戦争を起こすケースが圧倒的に多い。そしてこの中間国家を同盟に得ることが、両パワーにとって最優先される地政学的戦略となるのだ(549頁)。 ASEAN諸国はごく一部を除いて基本的に海洋国家であり、従って日本との相性が良い一方で、中共による覇権を内心非常に警戒している。フィリピンやタイが日本に合同軍事演習や自衛隊によるASEAN防衛を求めたことがあるのは、中共のランドパワーに対抗するためのシーパワー同盟を求めたということでもある。なお台湾本省人と日本の相性が良く、本省人が日台同盟を切望するのもこれと同じ原理に由来する(550頁)。 世界は全て地政学で動いているのだ。 第二次世界大戦ではシーパワー同士である日本と米英が戦い、一方米英はランドパワーのソ連及びシナと手を組んだが、その結果は英国は世界中の植民地を失い、米国は膨大な戦死者を出しただけでなく何の利益も得られず、シナ(国民党軍)は弱体化して内戦に敗れ、日本は焼け野原となり、シーパワーの日本と組んだ大陸国ドイツも瓦礫の山と化した。シーパワーの英国と組んで同じランドパワーのドイツと戦った大陸国フランスは屈辱的な大敗を喫し、一方の英国も欧州戦で孤立して敗戦寸前まで追い詰められるに至っている(551頁)。 専制・独裁・弾圧・虐殺といった共産主義の特徴は典型的な大陸国家文明の特徴と一致しており、一方、資本主義市場経済や議会制民主主義といった自由主義は典型的な海洋国家文明でもある。キューバなどのごく一部の例外を除いて、地上に存在したる共産主義国の大半は大陸国家(および中間国家の大陸部分)であり、米ソ冷戦に代表される共産主義と自由主義の戦いとは、「陸の文明」と「海の文明」の対立、ランドパワーとシーパワーの対決に他ならなかったのである(552頁)。 反共とはすなわち反「陸の文明」であり、反ランドパワーのことである。従って反共にして地政学を党学とする共和党が一貫して日本を重視し「日本には媚びもせず、挑発もせず、公正と共感をもって対峙しょう」(J・マクマリー)とするのは、パワー・ポリティクスの根本的な「原理」に基づく当然の政治的選択なのだ(553頁)。 まず最初の前提として、日本と中共は決して共存することが不可能な不倶戴天の対立するパワー、対立する文明であることを理解しなければならない。「敗北」という言葉の由来は先述したが、日本の北にあるのは大陸である。東にも西にも南にも海しか存在していない。つまり日本が戦ってきたものは常に大陸のランドパワーであり、言い換えれば日本と中共は衝突する永遠的な宿命のもとにあるのだ。(中略)私が日台そして日印の安保同盟を提言し、日米台印アジア安保にASEANを加えた対中包囲網を構築せよと述べてきたのは、シーパワー連合に中間国家インドを加えた体制が完成すれば、中共のランドパワーの敗北が確実だからである(554頁)。 |
| 西尾幹二 評論家 正論5月号 平成17年度 アメリカ資本に日本を売り渡す商法改正をどんどん進めてきた法務省や金融庁の官僚たちといい、共通して欠けているのは国家意識である。日本は閉ざした国家だからこれを開かれた国家にする、という大義名分に踊らされ、そのじつアメリカの基準に無疑問に自分を合わせようとしているだけの、あの「自己を欠いた人々」である。 |
| 竹本忠雄 筑波大学名誉教授 正論7月号 平成17年度 「およそ一国が独立国といえるためには、三つの自由がなければなりません。第一は、自国の防人をもって自国を守ること。第二は、自ら教育したいように自らの子弟を教育するということ。そして第三は、自ら祀りたいように自分達の神々を祀るということ、この三つであります。日本は、このなかのどの自由もありません」 |
| 櫻井よし子 ジャーナリスト 正論9月号 平成17年度 「二度と他国の謀略に敗北し、二度と自国の歴史、文化、文明、価値観、立場を理由なく否定されたり、曲げられたりすることのないように、しっかりと歴史を見ていくことがこれからの課題だと思う」 |
| 稲垣 武 ジャーナリスト 諸君9月号 平成17年度 「歴史認識」は、歴史的事実(史実)の認定と、その史実の解釈の二本の柱から成るが、史実にもその国や国民にとって認めたくないものがあり、言論や研究の自由のない共産党独裁の中国や、独裁体制ではなくとも、日本の敗戦後、亡命先のアメリカから帰国して大統領となった李承晩政権以来、「反日」を建国のアイデンティティとし、それから60年もたった今でも、親日家根絶やしのための法律を改めて制定したいまの韓国のような、「反日」に凝り固まった国では、認めたくない「史実」は抹殺されてしまう。 |
| 秋間俊夫 元オークランド大学教授 諸君10月号 平成17年度 ・欧米諸国はヒットラーとナチスの戦争責任をあばいてさえいれば、ベルサイユ条約の酷さや、16世紀以降ヨーロッパが始めた植民地の支配、争奪戦争の酷さを、見ないで済むということだ。歴史家の間ではことはそう単純ではないが、政治とメディアの世界ではこれが支配的なのだ。戦犯を断罪することに中心を置くこの歴史観は、歴史を少数の英雄が作るものとした大昔の歴史記述の裏返しでしかない。 ・日本も左翼政治の言説では、日本の戦争を天皇やA級戦犯の責任に帰すばかりで、西欧が何世紀にもわたって、アメリカ大陸、アジア、アフリカでおそらくは億を超える人々を殺して来たことを隠してしまう。それが、正しい歴史認識なのか。これでは歴史から目をそらすことになると私は思う。そしてその一方でネオナチのような盲目的極右の台頭を呼ぶだけなのだ。日本的「善悪の彼岸」を放棄すると、ろくなことになりはしない。 ・中韓の持ち出す靖国神社や歴史認識の問題は、政治的妥協などで片付けるべきことではない。妥協は日本人の自己認識能力と自己説明能力の放棄になる。中韓の「在り難い」干渉が折角我々に突きつけてくれた問題をもっと大事にすべきだろう。教育も含めてじっくり深いところから考えてみるべきだ。それには、彼等の性急な政治的押し付けを拒絶せねばならない。文化の差と我々の日本歴史観をきちんと説明し、かつ国民の歴史認識と政治のあるべき関係について彼等を教育すべきだ。それが東アジアに言論の自由と相互の文化を尊重する民主主義を確立する。 |
| 王 智新 宮崎大学 世界11月号平成17年度 各国の間で歴史観や具体的歴史事件についての描写や記述を完全に一致させる必要はない。また国民国家の存在する限り、それは不可能でもある。しかし、基本的人権を中心に、平和で民主的社会の担い手の育成を共通の教育目標に掲げている以上、二十世紀の前半において日本帝国主義が朝鮮半島を植民地化し、中国に侵略戦争を発動した、それは日本国民にも多大な災難をもたらした、という最大公約数に到達することはできるであろう。具体的な歴史事実の記述や取扱いについては、価値判断の如何にとらわれず、話し合いを通じて、一部は異なる見解を並列し、一部は各国の扱いに任せる、という形でよいのではないか。青少年の発達に配慮しながら、重要なのは基本的な歴史事実を歪曲したり、現在の民衆同士の敵愾心を煽るのではなく、東アジアの平和と繁栄を守り発展させるように目指す未来志向という高い見地に立つことだろう(250頁)。⇒中共に基本的人権はあるのか。中共のどこが平和的で民主的教育なのか。日本が朝鮮半島を植民地化したことは単純に「悪」なのか。植民地主義には只搾取するだけの欧米型の植民地主義と生活基盤の整備をやり産業を興す日本型の植民地主義もある。日本の進出は合法的であり、日中戦争を始めたのは中国共産党であるのは今では世界の常識ではないのか。日中戦争の責任は中国共産党にある。最大公約数の前提が「日本悪」はそもそもおかしい。歴史事実を歪曲したり、敵愾心を煽るようなことばかりをしているのは中韓ではないか。未来志向に立たず過去にばかりこだわっているのも中韓ではないか。奇麗事を並べずに行動で示すべきだ。本当に自分達の行動を見て王氏は、発言しているのか(真中)。 |
| 佐藤優 訴訟休職外務事務官 正論11月号 平成17年 ≪大川周明の復古的改革思想≫ 1.改革は、日本人の活力が衰弱し、悪が跋扈するようになったから必要とされているのだ。 2.改革のためには日本人の生命に内在する高貴で堅実な要素を再認識し、復興させることが不可欠だ。 3.改革とは、日本人に内在する善の要素によって、日本人に現れている悪の諸現象を克服することである。 4.外国の内在的な思想、例えばアメリカ型の新自由主義を善の要素と思って日本に移入しても、それは短期的な弥縫策で終わることが目に見えている。日本という木に竹を接ぎ木することにしかならず、木の生命を更新できない。 5.日本の改革の内在的論理は、日本の歴史の研究によってのみ把握することができる。従って、改革と日本史研究は表裏一体の関係にある。 |
| 鳥海 靖 東京大学名誉教授 諸君18年2月号 ・欧州評議会主催の歴史教育会議に何回か出席し報告もしたが、そこで強く印象に残ったことは、特定の歴史観にもとづく「唯一の正しい歴史理解」を相手側に強要することなく、歴史を史実に即してできるだけ多角的に捉え、異なった認識や見方に率直に耳を傾け、互いに影響し合うというその相互作用を重視する会議の姿勢にあった。 《中国の歴史教育は政治教育》 ・中国においては、歴史教育の目的は、歴史の学習を通じた政治教育であり、思想教育である。 ・共産党の指導による社会主義とマルクス主義による歴史認識の正しさを確信させ、愛国主義の尊さを学ぶことが、中国における歴史教育の目的なのである。 ・資本主義から社会主義へというマルクス主義の「歴史発展の法則」には疑問を生ずるのが当然であろうが、中国の歴史教育では、生徒がそうした疑問をさしはさむことはゆるされないわけである。 |
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