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皇室(U)(天皇制)
小堀桂一郎 大原康男 石川水穂 2005.1.27 西尾幹二 深田 匠 紳士と淑女 第6回有識者会議 第7回有識者会議 福地 惇 中川八洋 半藤一敏 田中 卓
田久保忠衛 萩野貞樹 小田村四郎 屋山太郎 武田恒泰 松原 仁 兵本達吉 大原康男(2)           真中行造
 小堀桂一郎 東京大学名誉教授 正論2月号 平成17年度

 <占領政策が招いた皇室の危機
 小堀:GHQは、皇室の存在を軸にして日本が再び力をつけ、アメリカに対抗しうる国として復活することを最も恐れていました。アメリカは、日本軍が玉砕したアッツ島や硫黄島、沖縄の戦いで日本軍の抵抗の凄まじさに驚き、心底からの恐怖を覚えました。そして何故日本兵がそこまで死力を尽して戦うのかを研究した結果、兵士たちを支えているのは国体護持の一念である、それは換言すれば皇室への尊敬の念である、と悟りました。そこで日本を占領するにあたっては皇室を弱体化、場合によってはなきものとせねばならないと考えた。このことは、アメリカ国務省の公文書「降伏後における米国初期の対日方針」にも明白に表れています。
 
 ところが日本に乗り込んできたマッカーサーは、皇室の権威こそが自分が今最高責任者となっている日本占領という事業を秩序立てて完遂し得る最大の鍵になることにすぐに気付きます。そこで、天皇の位は存続させておく一方で、将来に再び連合国の脅威となる禍根を残さぬために皇室を弱体化しておくという方針を立て、昭和20年の秋から22年にかけて皇室に対する占領政策を実施します。

 22年10月、14宮家のうちの秩父宮、高松宮、三笠宮の直営家三家を除く11宮家が「臣籍降下」、つまり皇籍を離脱されました。もともと臣籍降下はGHQの指令を最初の動因とするわけではありませんでした。20年秋の段階で、東久邇宮家あるいは賀陽宮家が皇族としての一種の敗戦責任を感じて皇籍を返上するという発想を持たれた。その時は陛下が「早まってはならぬ」とお諭しをされて沙汰止みになりますが、GHQが考えていましたのは、いずれこれを実現しょうとのことだったろうと思います。

 GHQは昭和20年11月18日の指令で皇室の財産を凍結し、21年5月23日の指令によって皇族の財政的な特権を全て剥奪しました。そして秘密文書によれば、22年2月から3月にかけて財産税と戦時補償特別税が徴収されて皇族財産は37億4,700万円から3億9,580万円にまで激減します。こうした財政的事情から11宮家の臣籍降下が現実の必要に迫られて、という形で実現してしまいます。そしてその後臣籍降下された宮家の半数近くが断絶し、或いは男子のお世継ぎがない為に消滅が見込まれています。男子の子孫をお持ちなのは僅か4宮家のみです。直宮家にあたります常陸宮、高円宮家、桂宮家、秋篠宮家の創設はありましたけど、いまでは皇室の藩屏という、かっては皇室永続の補償装置であった存在がすっかり弱体化してしまいました。
 
 今日、皇室の断絶の危機といわれていますが、東宮家をはじめとして7宮家がありながら不思議なことに男子のお世継ぎがどこにもいらっしゃいません。平成13年に皇太子殿下のご家庭にお生まれになったのも内親王でした。そこで皇統をどう継続していけばよいのかと問題が浮上しました。11宮家が皇族から離れてしまったことの影響が、いまになって、こんな形で現れてきているのだということにつくづく感じております。

 ≪皇室に対するGHQの基本政策
 大原:一つは政治的な側面。大日本帝国憲法を根本的に改正して統治権の総覧者から、国政に関する権能を有しない「象徴」にすること。そして天皇としての行為を憲法上明記された国事行為に限定するということです。GHQの部局で言えば、民生局(GS)。

 二つ目は経済的側面で、皇室経済が従来持っていた一種の自立性をなくして、国会の予算で計上された皇室費のみによってまかなわれるようにすることです。「降伏後における米国初期の対日方針」にも、「皇室の財産は占領目的の達成に必要ないかなる措置よりも免除せられることなかるべし」と、わざわざ財閥解体を示唆するなかで触れています。GHQの部局で言えば、経済科学局(ESS)。

 三つめは国民と天皇の関係の分断です。ご真影を回収する、皇居遥拝をなくす、「天皇陛下万歳」三唱をやめる、いわゆる「天皇の人間宣言」を出させるーといった施策で、国民と天皇の歴史的な絆を絶とうとした。言ってみれば、精神的側面です。GHQの部局で言えば、民間情報教育局(CIE)。

 この三側面からの政策が総合的に、皇室を大きな権威と力を持った存在からそうでない形にした。

 小堀:「降伏後における米国初期の対日方針」を日本政府が解釈した「『降伏後における米国初期の対日方針』説明」に次のように書かれています。「日本の国体及び政体の問題は戦争終結以前より連合国側に必ずしも意見の一致を見ず。連合国輿論は大勢として天皇制はただに非民主主義的なるのみならず戦場において顕示せられたる日本国民の狂信的特質の根源を為すをもって日本処理方針としては宜しく之を廃止すべしと為せるに対し、一部においては連合国軍の犠牲を最小限に止め戦争の終結を促進し且つ戦後の処理を秩序的且つ容易ならしむる為には天皇制を維持乃至利用するに如かずと論ずるものありたり」と。

 私は「天皇制」という言葉は嫌いですが、ここで政府が使っているので引用ということでそのまま使います。軍の解体は実現できましたが、占領中も日本国民の抵抗運動が起きないように「天皇制」を維持し、利用するとはっきり書かれているわけです。この方針はその後、GHQによる憲法案起草作業にあたって昭和21年2月3日にマッカーサーが民生局(GS)に示した「マッカーサー・メモ」となって具現化されます。マッカーサー・メモは「天皇制」の存続、戦争放棄、封建制度の廃止ーの三原則を示したものですが、このうち「天皇制」に関する第一条では、@天皇は国の元首の地位にあるA皇位は世襲されるB天皇の職務と権能は憲法の定める所によって行使され、憲法に示された国民の基本的意志に応えるべきものとされるーと規定しています。「天皇制」は維持するけれども、その権限・権力は最小限に止めるということです。

 ≪元首についての解釈
 大原:政府の解釈は、天皇は「対外的には元首である」というものです。では体内的には誰なのかということになりますが、天皇以外には考えられませんよね。ところが現実にはそれが曖昧なままになっています。そのことを示す端的な例が儀仗隊の観閲の儀式で、天皇陛下が海外をご訪問されると当地国の元首の案内で観閲されるけれども、日本に外国の元首が来た時には、天皇ではなく、本来なら観閲される儀仗隊の指揮官がご案内役を務めるという実に非礼なことをやっているわけです。日本の国の元首が案内しなければだめなんですよ。

 ≪GHQの女帝容認論は撃退
 大原:憲法はGHQから草案の全てを与えられたのに対し、一方、皇室典範は日本側から作った案をGHQに折衝して了承してもらうという経緯で制定されましたが、折衝の過程でも、ほとんど修正はありませんでした。これはGHQが寛大であったためかというとそうではなく、日本側がいわば自主規制をした結果でした。GHQが反対しそうな点は初めから典範から削除した。つまり、一番大切な皇位継承に関わる神器渡御、大嘗祭、元号についての規定を外した原案をGHQに示した。すんなりと了承せれて当たり前だったとも言えます。

 大原:過去の女帝は概ね皇位継承者が幼いため成人を待つ間の一時的な即位に過ぎないということを説明したのだと思います。他に男子の皇族はおられるけれども、然るべき方が成長するまでの「中継ぎ」として女性が皇位に就かれてきた。逆にいうと皇位継承に関わる政争が起きる可能性のある不安定な時代のいわばクッションとして女帝があったということですね。当時皇室関係法令案を審議した内閣臨時法制調査会で、宮内省文書課長だった高尾亮一氏がそのような意見を紹介しています。

 ≪見当違いなGHQの皇室財閥
 小堀:戦前の皇室に大へんな財産があったことは確かですけれども、皇室を一つの財閥と誤認したことに皇室財産の特権を剥奪しようとした心理的な根底があると思います。日本の皇室を財閥と見ることがどうしておかしいのか。財閥は営利事業を生業とし、権力を握る基盤として財力をつけ、規模を拡大していきます。
 しかし、皇室が、今でいう内廷費を御使いになるのは、専ら災害における救恤のため、あるいは学問芸術奨励のためであって、帝国主義的な権力の拡張のために皇室がその財産を使ったということはまったくありませんでした。ヨーロッパの王室・帝室の性格についてしか知識のない占領軍にはこのことがわからなかった。皇室を財閥の一種であるかのように見たところがまことに不幸な誤解であったと思います。

 大原:皇室経済法で見せたGHQの姿勢の厳しさというのは、皇室財産を国会のコントロール下におくこと、そして占領後も皇室財産が増え、それを背景に皇室が大きな力を持つことを防ぐ、つまりは日本が皇室を中心にアメリカに再び刃向うだけの力をつけることができないようにするという執念深い手を憲法で打ったのですね。

 小堀:先帝陛下は御自らの意向で昭和21年から29年にかけて沖縄を除く全国を行幸され、戦災にうちひしがれ、あるいは復興に勤しむ国民を直接励まされた。このご巡幸をGHQはあっさりと認めました。「天皇が地方へ行けば、きっと国民は天皇の戦争責任をなじって、天皇もどれだけ自分が厳しい立場にあるかがわかるだろう。行かせてやれ」と考えたからです。ところがご巡幸が始まると、GHQの予想がおお外れで、ご訪問の先々で国民は熱狂的にといいますか、感極まって陛下をお迎えし、各工場の生産能率が顕著に上がったというような状況が出現します。それでGHQは昭和23年にいったんご巡幸を中止させます。とにかく天皇の面子にけちをつけたかったのですね。

  ≪国際法を蹂躙した対皇室政策
 石川:記録によると、日本の司法省とGHQ民生局の間で折衝が始まったのは21年9月9日で、日本側は臨時法制調査会で作成した「皇室に対する罪若しくは皇居、皇宮、皇陵に対する罪の規定は現行のままとし特に改正を加えぬ」とする刑法改正要綱案を示し、「天皇に対する危害及び不敬は個人に対するものではない。日本国家及び日本国民の統合に対する罪である」「改正しない理由はそれが国民大多数の与論であり、議会の空気も亦、これを反映している」「天皇性を維持しようとする新憲法の趣旨からいっても、之を変更することは少数の過激分子に国民思想を混乱せしめる機会を与えることになる」と理由を説明しています。これに対し、GHQ側は「天皇の政治的地位の変化した事実に鑑み同意できない」と拒否します。

 9月26日、日本側は「不敬罪となるべき行為はこれを一般の人に対する名誉毀損罪と同じ範囲にした。然し乍ら之を名誉毀損罪と区別して規定する」「一般人に対するものより刑を重くする」「『不敬罪』という言葉も廃止する。例えば『皇室名誉毀損罪』というように変える考えである」などと譲歩した司法省の改正試案を提示します。
 しかしGHQは11月11日、「天皇と雖も特別の保護を受けないというのが新憲法の建前であるから不敬罪に関する現行規定は即時廃止することを希望する」とこれも拒否します。その後、吉田茂首相がマッカーサー元帥に次のような書簡を書くなどして抵抗しましたが、結局押し切られた経緯が記録されています。

 大原:元首侮辱罪や不敬罪は、君主国だけでなく、共和国にもあります。ドゴールが大統領だったとき、彼を茶化して鼻を極端に大きくした仮面をかぶって歩いた人間が、元首に対する侮辱罪で逮捕されたことがありました。吉田茂首相の書簡にあるように、日本側は天皇や皇族個人に対する名誉毀損でなく、国民統合の象徴であり、世襲で継承される法的地位、あるいはそんも地位にあらわれる方に対する侮辱ですから、憲法14条の法の下の平等の例外だと繰り返し主張します。当たり前のことです。しかしGHQは天皇の旧来の権威を少しでも保障するものは全てなくす考えで、これを受け入れなかった。

 小堀:根本的に国際法に違反する行為です。ハーブ陸戦法規第43条(占領地の法律の尊重)は、「占領者は、絶対的な支障がない限り、占領地の現行法律を尊重し・・・」と被占領国の法律を勝手に改廃したり占領者の立法を押し付けたりすることを禁じています。憲法についてはこの国際法蹂躙の事実がよく知られておりますけれども、この秘密文書は、皇室関連法規でもGHQが国際法違反行為をなしていたという証拠でもあります。

 私はよく、日本人がなぜこうした占領軍の暴挙に抵抗しなかったかと考えます。やはりこれは日本が国家として無条件降伏した。従って占領軍の施策に対して一切抗議ができない状況に置かれているのだ、とたぶらかされていたことに起因しています。ポツダム宣言が要求していた停戦条件は、日本政府が全日本国軍隊の無条件降伏を宣言することであったのに、日本政府自体が無条件降伏したように思い込まされ、停戦協定調印後の占領軍と日本政府との間には命令と服従あるのみで、対等の交渉の関係は成立しないとピシャリとやられてしまいましたね。完全な欺瞞なのですけれども、抵抗できなかった。それにしても、日本側は国際法についての認識が薄かったのではないかと思いますね。

 大原:もう一つ、国際法違反だと主張するような人間はパージされていて発言できなかったこともあるでしょう。

 大原:戦後、江藤淳先生の言われるところの「閉ざされた言語空間」のもと、占領軍の政策に便乗した勢力があらゆる分野で根強い力を持ち、学界から言論界、メディア、教育界、さらには労働界、法曹界にいたるまで左翼勢力にほぼ乗っ取られてしまいました。憲法改正に必要な国会議員の三分の二以上を改正派が占めるという壁が乗り越えられなかったということもありましたが、院外では改憲どころか占領体制の見直しにつながることには猛烈な反対が起きるという情勢でした。自民党内部でも、池田勇人、佐藤栄作内閣以降は憲法改正といった高度に政治的な課題よりも経済成長ばかりを重視してきた。経済万能主義が占領体制の見直しを阻んできたわけです。

 ≪皇室に対するマナーを忘れつつある日本人
 小堀:朝日に限らずジャーナリズムがよく使う手で、自らが「こうさせたい」と考えていることを「趨勢」と呼ぶのです。そんな趨勢がどこにあるのか、証明してみろといっても決してできはしません。

 大原:マルクスの歴史的必然と同じです。

 大原:私は「開かれた皇室」には反対ですが、多分こうだろうと推測できる四点を書いたことがあります。第一は、皇室の伝統を守るといいながら、実は皇室の新しいスタイルを創出すること。第二は、北欧はイギリスの王室を真似ること。第三が、御公務よりも私的なお出かけや、とりわけ妃殿下方のファッションといったことに関心を持つこと。第四は先ほど述べた朝日新聞の見解で、皇室と国民は別の存在ではない、距離感をできるだけ縮めようというものです。これなどGHQの発想とそっくりですね。

 石川:一方で許されないのが皇室の政治利用ですね。
 小堀:最たるものは平成4年の今上陛下のご訪中ですけれども、これが失敗だったことは明らかです。あの時、「北京の秋空は澄んでいる」などと安っぽいセンチメンタリズムをふり廻したり、「(ご訪中により)中国人民の心ははじめて本当に開かれるだろう」などと無責任極る発言をしてご訪中をごり押しした先生方を思い出すと、今でも胸中穏やかならぬものがあります。反対論を押し切って陛下にご訪中いただき、その効果がありましたかと問いたい。日中関係はその後、ますます悪くなっているではないですか。

 大原:御訪中を支持し、推進した大物政治家は、中曽根康弘元首相と当時の宮沢喜一首相です。二人ともいまなお政治のご意見番のように振舞っていますが、ご訪中に関する不明を恥じた一言があってしかるべきでしょう。

 ≪占領政策の轍を払拭せよ

 小堀:私の考えは八木さんと十割一致していて、男系の継承によらなくては皇統を保つとはいえないという意見です。(中略)
 簡単に申しますと、占領下、やむを得ず臣籍降下されました十一宮家のうち現在四宮家に男子の子孫がいらっしゃる。一律に十一宮家の皇籍復帰をいうと既に消滅したお家もあり、世間のd抵抗もあるだろうし、また皇室経済の点でも難しいのでk、ある基準をもってこうした方々に皇籍に復帰していただくということです。

 石川:自民党の憲法調査会が16年11月に纏めた憲法改正大綱原案では皇位継承について、「皇位は世襲で男女を問わずに皇統に属するものが継承する」としていましたが、たとえ女性天皇が即位せざるをえない場合でも、憲法に「男女を問わず」という規定は不要だということですね。
 小堀:「皇位は世襲のものであって、皇室典範の定めるところによってこれを継承する」だけでよろしいと思います。

 小堀:一番恐ろしいのは、女系から次の皇位継承者が現れた場合、「天皇制」を破壊しようと企んでいる勢力にとっては絶好の機会になってしまうということです。つまり男系ではないのだから万世一系の皇統は絶えた。もはや皇室としての敬意を払う必要はなく、「天皇制」は解体されたのも同然であるという主張が出てきかねません。これが一番怖いのです。女性天皇でも国民の敬意は変わらないといっておきながら、実際に女性天皇が皇位につかれたあとで、あの方のお子様は即ち女系であるからもう天皇と呼ぶ必要はないという論議を始める可能性がある。

 石川:占領下で臣籍降下された宮家の方々は厳しい生活を余儀なくされた。その後は香水を売られたり、新興宗教の教祖になられたり、いろんなご苦労をされた。
 小堀:実際にお家が断絶してしまったというケースが多いのです。大半の宮家にとっては、やはり不承不承の臣籍降下だったと思います。それに対して先帝陛下は「まことに気の毒であるが」と説得されたわけですが、昭和天皇ご自身が「マッカーサーの意向で」と明言されている記録があるますので、この臣籍降下は占領政策によって強制された非常措置であり、東京裁判と同様に敗戦国に向けての追撃線の一環だったと見てよいと思います。
 この占領政策の軛を、敗戦・占領の開始という屈辱の年から60年を経た本年(平成17年)こそ根本から払拭すべき記念年ではないか。その論点から言いましても、昭和22年に臣籍降下された旧宮家の皇籍復帰を検討し、「皇室の藩屏」を再建すべき時であると考えております。
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 「正論」 産経新聞 平成17年10月6日(木)
 ≪占領後遺症克服の決め手
 第十一回までの議事録要旨から判断するに、前記民間有志の提案になる「皇位継承の危機を直ちに女系継承の容認をもって回避せんとするのは早計である。それ以前に考慮すべきは、男系男子がご健在である旧皇族の御家系の有志に皇籍に復帰して頂き、皇位継承の予備勢力としてのみならず、ご多用を極める現皇室のためのいはゆる藩屏としてご活動頂く方策である」との提言(要旨)を真剣な討議の対象とした形跡が見られない。

 然しながらこの提言の要旨は実は戦火終息60周年の本年こそ、占領後遺症克服のための最後の決め手として、自主憲法制定、教育基本法の改正に勝るとも劣らぬ重要な意味を帯びているのである。
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 「正論 平成18年4月号」
 大原:昭和20年、日本を占領したアメリカを中心とする連合国軍は、わが国の国家構造の抜本的な変革を目指す政策を、軍事的側面、政治的側面、経済的側面、精神的側面といった多面的な角度から、執拗かつ用意周到に実施した。そして、それらすべての側面にかかわるものとしてなされたのが、皇室制度の改変であったといえよう。
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 「正論 11月号 平成18年度」
 わが国の皇位の正統性というものは何に由来するのか。シナ人ならば天命といい、ヨーロッパの国々なら、カトリックもプロテスタントもゴッドです。我が国で、それに相当するものは何かというと、すぐ考えつきますのは神勅ですね。しかし私は、淵源を辿れば神勅に行き着きますけれども、それよりも前に、皇位継承の伝統が初代の神武天皇以来不動の一貫性を有していたという「事実」乃至「実績」が決定的であったと考えています。この連続性が、支那の王朝などと比べて、如何に優れた権威を持っていたかということは、たとえば「宋史日本伝」からも窺えます。

 「然は、時の円融天皇は第64代の天皇であり、初代の神武天皇から、王であることを以って姓とする皇統が正系で連続し、その間一度も断絶無く易姓もない、同姓が「伝継」して皇位を継承してきて今に至っている、臣下場合も官職は大体世襲であるという、日本の国情を語ります。それを聞いた宋の太宗は驚きます。支那の王朝は、それまでは唐の二十代が最長で、64代も王朝が続いているということは彼らから見れば奇跡のように映ります。そこで「此れ蓋し古の道なり」と嘆息するのです。支那人のいう「古の道なり」とは要するに「正しい」という意味です。これは「論語」などでも重要な判断を述べる時に使われております字眼なのです。

 《道徳的権威だけでは正統性をもてず》
 ・一番危ないのは、万が一、女系の男子が天皇として即位されるというような事態が生じた場合、国内国外を問わず、日本の天皇制度に対して敵意を抱いている党派が最も力を入れて突いてくるのは、生物学的次元の理論だと思うのです。正統性を踏み外した天皇であると言われたら、これはもう、三種の神器を継承している、神器の象徴する道徳的価値の最高の範疇を保有しておられる、といって道徳の次元では太刀打ちできません。

 ・日本は国際環境、地政学的にいっても難しい位置にあって、国民が結束して常に外圧に当たらなければならない。何よりも、国民統合が大事な国なのです。キリスト教という非常に強い一神教の原理を持っている国は、それによって国民を統一できると思います。しかし、日本は宗教による統合の核をもたない国です。それを持っていないことが弱味だと言うのではなくて、その代わりに、万世一系の皇統を国民全部が信奉している、これがまさに統合の核になっているのです。そういう意味で、神武天皇の血統を継ぐ「正統性」を持った天皇が、皇位を継がれることが大事なのですね。

 ・皇室典範第9条には、「皇族は養子を取ることはできない」とあります。また第15条には、「皇族以外の者及びその子孫は、女子が皇后となる場合及び皇族男子と婚姻する場合を除いては、皇族となることがない」という条文があります。ここに修正を加えて、たとえば第9条では「天皇及び皇族は、<この法律が施行された後に皇籍を離脱した旧宮家の子孫を除き>、養子をすることができない」という但し書きを付け加えてもよろしい、大5条には「但し、この法律が施行された後に皇籍を離脱した旧宮家の男子子孫は、所定の手続きを経て皇族となることがある」という追加条項を加えれば、これは決して根本原則の変更ではない。これによって皇室の藩屏を再建するという方向に持っていこうということです。
 産経新聞 産経抄 2005.1.27

 今年は「世界物理年」だそうだ。アインシュタインが比類ない事跡を残した「奇跡の年」(1905年)から百年、没後五十年にも当ることを記念し、国連が制定した。「理解できる人は1%」とも評される「相対性理論」。抄子は恨むらくは99%の方だが、この理論を「どんなにやさしいものかを日本の皆さんに伝えたい」と博士が来日したのは、大正11(1922)年のことだった。今日なら、ハリウッドスターか韓流タレントか。東京女子高等師範(御茶ノ水女子大)で歓迎会が催された後、車に乗り込んだ際には女学生が「アインシュタイン」と黄色い歓声をあげ大騒ぎになったとか(講談社『アインシュタイン日本で相対論を語る』)。

 一ヵ月半に及ぶ滞在で、日本文化に触れた博士はこんな言葉を残した。「近代日本の発展ほど世界を驚かせたものはない。一系の天皇を戴いていることが、今日の日本をあらしめたのである。このような尊い国が世界に一ヶ所ぐらいなくてはならない」。

 世界で我国しかない、二千年をも「万系一系」を繋いだ「皇統」が危機を迎え、有識者会議が動き始めた。驚くことに月一回の会合で今秋にも報告書をまとめるという。そんなことはないだろうが、「十分な審議をお願いしたい」という首相の言葉の裏に政治的意図が潜んでいたら、それは皇室への冒涜ともなる。

 座長は「変えてはならないもの、変えるべきものを見極めたい」と述べた。時間をかけ、「変えてはならぬもの」を国民と共に熟考したらいい。博士は日本人に理論だけでなく、あるべき矜持も残した。「外国の文化の氾濫で、日本独自の価値あるものを軽く見てもいけないし、固有の価値を忘れてはいけない」と。
 西尾幹二 評論家 正論8月号 平成16年

 自分の努力や意図ではどうしてもそこには入れない秩序というものがあって、そういう非合理なものが目に見えない形で実在している壁、それがともかく意識されている理不尽さが社会には必要である。

 首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」の座長・吉川弘之元東大総長は、1月25日の初会合後の記者会見で「国民の意識、世論を十分に議論すべきで、最終的に国民の平均的な考え方で決めるしかない」と強調したと報道されている(「産経」2月13日)。
 ここにはっきりと大きな判断ミスが示されています。国民にあるべき天皇制度の哲学を示し、歴史を教えることが先決だろう。現在生きている日本人があれこれいじりまわす権利のない問題なのだ。過去と未来の日本民族の全体に責任を負う決定を下す秋を迎えたことを座長は国民に向って宣言すればよいはずである。今生きている「国民の平均的な考え方」を基準にすると最初から決めてしまえば、過去二千有余年を生きてきた日本人、これからも生き続ける日本人を現代の観念で切り捨てることになりはしないか。基準は歴史であって、現在の便利な思想ではない。座長は勘違いしている。首相を選ぶのではないのだ。「国民の意識、世論を十分に議論すべき」は民主主義の原則で、国政選挙ならいざ知らず、天皇の世継ぎを選ぶのに民主主義の方法は適用できないし、すべきでもない。

 皇位継承問題で今までマスコミに出たすべての論者が見落としているのは、わが国の知的社会には、スキあらば天皇制度を否定せんとする強大な「敵」が存在することへの洞察である。「敵」を指し示し、予防するのが「有識者会議」の仕事でなくて何であろう。国民は「敵」に気付いていない。「国民の平均的な考え方」などに頼っているわけにはいくまい。三十年後に天皇制がなくなってよいと考えるのなら話は別である。

 性差別だから憲法違反だからという点については「賛成できない」。第一に天皇や皇族は憲法上も普通の人とは違った存在であって、人権規定は適用されていない。第二に、男女を差別する男系・男子主義に関しては合理的説明ができないと反対者は言うが、合理的理由なんてことを云い始めたら、万世一系の天皇制にこそそもそも「合理的理由」はないのであって、それでも存在が認められているのだから、差別だ、違憲だというのは筋違いだ(横田耕一氏

 何ぞ知らん、性差別反対という、それ自体もっともな大義名文に促された一般公衆が、ポピュラーな政治家たち誘導されて典範第一条を改正して「女帝」容認策をかちとることに成功したと、仮定しょう。よって以って「世継ぎ問題」は目出度く解消し、天皇制は生き延びることができることになる。しかしこの策は、天皇制のそもそもの正当性根拠であるところの「万世一系」イデオロギーを内において侵食する因子を含んでいる。男系・男子により皇胤が乱れなく連綿と続いてきたそのことに、蔽うべからず亀裂が入ることになる。「いや私たちは「女帝」を導入して天皇制を救い天皇制という伝統を守るのです」と弁明するだろう。だが、そんな、「萬系一系」から外れた制度を容認する施策は、いかなる「伝統的」根拠も勝ち得ないのである(いま、ここで「女帝」という言葉のなかに、歴史上幾例かあった「中継ぎ女性天皇」を含まない。「中継ぎ」は所詮、男系・男子主義のための本質的に一時的な媒介者でしかないのだから)。「女帝」容認論者は、こうして「伝統」に反し「萬世一系」イデオロギーから外れたところで、かく新装なった天皇制を、従来とはまったく違うやり方で正当化して見せなければならないのである。

 「有識者会議」に求められるのは新井白石の叡智である。養子制度の拡充などで、別の男系とはいえ今上陛下の系譜とも血の交わりのある「皇子」を宮家に立てるなど、古来の伝統を現代人の感情にどう無理なく結びつけるかの微妙にして、困難をきわめる工夫が必要である。
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 「正論 平成18年2月号」

 ・天皇家のような神聖家族にあっては、婚姻で神聖でない血脈が入ることによる神聖性の稀薄化は神秘の消滅、権威の失墜、そして連続性の死を意味する。
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 「諸君 平成18年4月号」
 ・女系容認は王朝が交替する皇統譜の新しい局面であり、はっきり言えば革命である。しかし彼等はそこまで想像力を働かせない。三十年ー五十年先に、愛子様のお子様の代は「万世一系」の天皇ではもはやなくなり贋物の天皇制度になったのだから廃絶したほうがいい、と伝統派と左派の両方の廃止論者が一斉に声を高めたときには、「もうすべては後の祭りで、間に合わないですよ」と私達は繰り返し警告を欲してきたのであるが、彼等無関心派はそういうように考えない。女系が皇統の弱体化につながるとも思わない。ある意味で安心し切っている。鷹揚に構えている。大丈夫だと思っている。
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 「皇太子さまに敢えて御忠言申し上げます」

 <謙虚な伝統の番人>
 ・私は平等とか人権といった近代の理念のまったく立ち入ることのできない界域が社会の中に存在することの意義、ということに尽きると思っている。
 天皇家に嫁する者も、周辺にあってそこに関係する者も、遠くからこれを敬愛し眺める者も、国民はここに自分達と同じ尺度、同じ価値、同じ社会意識を持ち込むべきではない。

 <次元を異にした存在>
 ・皇室は平等の理念にも、競争の原理にも無関係で、次元を異にした存在でありつづけた。
 当然である。皇室は自由や民主主義の尺度の外にある。そのことは永い間ほとんど自明のはなしであり、誰ひとり疑問とする者はいなかった。旧華族という別の秩序が存在し、天皇家を無言の裡に支えつづけていると信じられていたからである。

 <能力主義が皇室にまで>
 ・貴族階級のいない王制というのは世界史の過去に果たしてあったでしょうか。

 ・努力や意図ではどうしても動かせないし、そこにも入れない別の秩序、目に見える形で厳として実在している非合理なものの壁、それが皇室である。

 <人格の否定発言>
 ・原理を異とする二つの世界、近代を超越した理不尽なまでの伝統の世界と、個人の努力や意図が生きる近代の能力主義の世界とがぶつかったのだとみていい。

 <雅子妃殿下のご不満>
 ・日本は一つの文明圏であり、それに対応しているのはさっき言ったようにイギリスやオランダやスウエーデンやデンマークなどの各国なのではなく、ヨーロッパ全体なのである。これが問題を解く鍵である。

 各王家は日本でいえば大名家に相当する。だから相互親戚関係があり得る。そう考えるべきである。しかも各王家誕生はたかだか中世末から近世である。日本のように古代とつながっている例はない。

 ・中国の皇帝は天の概念の介在によって神話の世界とは切れている。ヨーロッパでは神話の世界とつながっているのは教会であって、王家は神格ではない。日本人は自然に開かれた全自然の中にわれわれとつながる生きた命を見、そこにカミが宿る世界を見る。天皇がカミだという意味はわずかにそういう意味であって、キリスト教的な意味での絶対神でもないし、中国皇帝のような政治的絶対者でもない。

 <骰子(さい)は既に投げられた>
 ・国際場裡で思い切って「知的社会活動」をしていただいたらどうかと書いたのは、妃殿下はそれでかえって一人前に舞台をこなせる能力の不足を知り、自分の限界に気づいて、自己主張を控えるようになり、宮中生活に落ち着きを取り戻すこともあるだろう、私はそう考えたためである。

 <宮内庁長官諫言の真意>
 ・皇太子殿下の御心が妃殿下にかかり切りになり、宮中にも、国民にも顔を向けない。これを問題としている。お年を召された天皇皇后両陛下は最近ご健康すぐれず、宮中祭祀の心得も、帝王学の数々もいまだ十分に陛下から伝承されたいないではないですか。皇太子殿下、もっとしっかりして下さい、責任を弁えて下さい、と、長官が言葉どおりそう言ったかどうか分からないけれども、まあ俗にいえばそういう発破を掛けたのではないかと思われる。

 <二種の困難の谷間に>
 ・現在雅子妃は適応障害という病名を与えられているが、基本的には「反応性のうつ病」だと氏はいう。
 40代から下の世代で非常に増えている症状で、職場に適応できないなどの環境に対する反応が原因で起きる病気だとされている。

 <うつ病の妻を持つ夫の悲劇>
 
 <引き取るのが筋>
 ・天皇制度と天皇(及びその家族)との関係は船と乗客との関係で、いまたまたま乗船している天皇家の人々は船主ではない。彼らは一時的に船をお預かりしている立場である。(中略)

 これはもう雅子妃のご両親がいけません。小和田家は、「皇室の仕事ができないなら、娘を引き取ります」と言うべきでしょう。皇后になったらそれこそ過密なご公務が待っている。勤めが果たせないのなら引き取るのが筋です。」(「週刊現代」3月22日)

 私も同じ考えである。しかしそれにはもう一つ別の理由もある。皇室が日本人の信仰のすみかでありつづける伝統の流れを小和田家によって突然中断される恐れを抱いているからである。異質のものの侵入と占拠が始まりはしないかという恐れである。

 不幸や犠牲は個人の側にだけ起こるのだろうか。皇太子ご夫妻だけが傷ついたのだろうか。そうではあるまい。天皇制度そのものが今度の件で傷ついている。天皇皇后両陛下が身体をおこわしになるほどにご心配になっている事実にそれは現れている。

 <官僚による皇室の侵害>
 ・私はいつもテレビをお姿を見て疑問に思うのは、ご長身の妃殿下があえてヒールの高い靴をおはきになって皇太子殿下のすぐ横に立たれる余りの遠慮のなさである。つつましさ、控えめ、奥ゆかしさ、慈悲深さ・・・・皇族に対する私達日本人一般の期待はここにある。

 ・皇后陛下のご実家の正田家のご両親がいかに謙虚で、娘に私的に会うことも可能な限り避け、お父上はご成婚後企業の代表を退かれたのは語り草になっている。

 それにひきかえ、というのは余りにも絵に描いたような話になるのだが、大和田恆氏はご成婚の9ヶ月後に国連日本政府常駐代表特命全権大使になった。そしてその後も官僚としての経歴の上昇を重ねている。

 娘を天皇家に嫁がせた者は、そこで人生の経歴を終わらせるのでないのならば、何らかの卑しい野心を疑われるというのが日本の歴史の教訓である。

 小和田氏は日本は「普通の国家」にはなれない「ハンディキャップ国家」である、という卑屈で奇妙な否定的日本論をかって展開した人物である。それによれば日本は中国に謝罪しつづけなければならない。靖国参拝もしてはいけない。昭和60年には土井たか子の質問に答えて東京裁判史観を肯定するようなことも言った。日本の外務省の代表見解ともいえる。進歩主義的反日的思想の持ち主であることは紛れもない。

 雅子妃殿下は天皇制度の内部に入ってそれを内側から少しずつ崩しているいわば獅子身中の虫とあえて言っても、今までの流れからして暴言とは思えない。大和田恆氏と外務省の「反日思想」がそこで小さくない役割を果たしているに違いない。

 <私が一番心配していること>
 今回の件は学歴能力主義と高級官僚の家系が「反近代」の天皇家とクロスしたがゆえに起こった例外的な災厄であって、ある意味で雅子さん個人の問題である。秋篠宮家の紀子妃殿下には不適応病理はまったく生じていない。

 天皇家の人々は天皇制度という船の乗客であって、船主ではないと私は言った。船酔いをして乗っていられない個人は下船していただく以外にないだろう。皇室ジャーナリストの松崎敏彌氏が「場合によっては秋篠宮への皇統の移動も視野に入れる必要がある」と大胆に提言しているのは納得がいく。(西尾幹二 評論家 「WILL-2008年5月号」)
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 「皇太子さまへの御忠言 第二弾!」
 <皇族としての御自覚を>
 <神話と歴史、信仰と科学>
 <民衆の危惧、女系天皇>
 ・信仰は合理を超えているのだから、なぜ125代も続いてのか説明はいらないし、説明はできない。

 ・清らかで慎ましやかな天皇家がいつも中心にあって欲しいのである。

 <主治医が私物化>
 ・私はいろんな問題点を指摘したが、学歴主義と人権意識が皇室に流れ込んで、異質なものによる占拠と侵害が始まったのではないかという危惧が拙論のメインポイントであった。

 私が一番恐れているのは、皇室の内部に異種の思想が根付き、増殖し、外から取り除くことができなくなる事態である。妃殿下はご病気が既に治っていて、宮中祭祀のようなご公務を拒否されるのは、すでに何らかのイデオロギーによるのではないかという疑いすらつぶやかれている。

 ついでに付記すれば主治医が妃殿下の妹のご夫君の友人とかで、すでに5年目に入る病いに責任ある診断を公開しないのは、皇太子妃のご病気が国家の問題であることをないがしろにし、事柄を私物化していることを意味する。またそれを黙認している宮内庁も甚だしく無責任である。

 雅子妃がそうだというのではなく、これはこの病名(適応障害)に関する一般論だが、ストレスの多い繁栄社会だからこそ病気扱いされるが、性格や気質や道徳感や育ちの問題とみられてしまうのが従来の日本社会の普通の扱いであろう。つまり昔なら人間として落第点がつくだけの話で、病人として大切に腫れ物にさわるように扱われるということはないはずである。

 <日本人の宗教観>
 ・来世を期待しない心を鍛えることに仏教の教えの本質がある。

 <人間と神との連続>
 日本の神話は荒唐無稽なつくり話だとみんな思っている。神話であって歴史ではないと学校でも必死に区別することを第一義としている。

 しかしこれこそが天皇の存立の基盤を危くしている根本問題である。「続日本紀」の劈頭を飾る文武元年(697年)における文武天皇の即位宣命に記されている通り、古代において天皇の民に対する権力や正当性を根拠付けたもの、すなわち王権の根拠は「古事記」に記された天孫降臨神話に外ならない。(水林彪『王権のコスモロギー』弘文堂)

 中国史はめまぐるしい王朝交代の歴史であり、易姓革命(姓を変える)の繰り返しであったが、日本の天皇には最初から現代まで「姓」がない。天皇制度は一貫性、連続性を特色としている。しかもその地位は天照大神の子孫によって受け継がれるもので、血統世襲が重んじられ、必ずしも徳治主義によっていない。

 天皇は徳が高いにこしたことはないが、道徳とか人格とかいった人間尺度の問題から解放することがむしろ本来のあり方であるとされる。なにしろ血統が神格の根拠なのである。それを最初に理論的に唱えたのは、幕末の後期水戸学のパイオニア、藤田幽谷の『正名論』であった。

 中国では天上の世界と交流できるのは皇帝だけであって、皇帝は自分の上に、いかなる宗教権力も許さない。それでいて彼自身が宗教権力になることはない。彼は無制約なまでの絶対的な政治権力そのものである。

 <冷静さと慈愛の二面>
 ・西欧では神話への信仰は教会が引き受けていて、科学と矛盾しない。生きている実在のヒトを信仰の対象とする宗教は西洋にはない。ところがその唯一絶対神への西欧人の信仰は地上に休みない争いと戦乱の種子を蒔き、ヒトラーやスターリンを生み、今日なお不寛容の軋轢の火花を撒き散らしているではないか。

 ジャン・ジャック・ルソーは『社会契約論』の中で「人がもし随意に祖国を選らばというのなら、君主と人民の間に利害関係の対立のない国を選ぶ。自分は君民共和を理想とするが、そのようなものが地上に存在するはずもないだろう。したがって自分はやむを得ず民主主義を選ぶのである」と言っている。

 「君民共和」というのは、君主が国民に対し搾取者の位置に立たないこと、外国に亡命して国民への責任逃れをしないことだが、そんな理想的君主制は民主主義より上位にあるとルソーは言っているのである。そして、世界にそんな君主制は存在しないと諦めているのだが、「天皇制度」はまさに文字通りその理想に近い「君民共治」「君民一体」の政治形態ではあるまいか。そしてそれはまた日本人にとって「彼岸」や「復活」や「永生」の霊的観念をかき立てることのない信仰の形態でもあるのである。また、勤勉、清潔、慎ましさ、控え目、ありのまま、素朴さ、飾りのなさ、作為のなさ、正直、無理をしないこと、小利口ぶらないことーなどいま思いつくままあげてみたまでだが、日本人が理想とする美徳の数々を体現しているのが天皇陛下であらせられるというモラルのお手本でもあるのである。

 <皇后陛下の役割の大きさ>
 <国民と共感共苦する御心を>
 フランスの劇詩人ポール・クローデルは、「日本人の魂の伝統的な性格とは、崇敬であり、うやまいの対象の前で個我を小さくすることであり、自分達を取り巻く生命あるもの、ないものに対して、謙虚な心づかいを捧げることである・・・・」「私達のまわりに何かが臨在していて、それが儀礼と慎重な心づかいを要求していると感ずることなのだと――。このことが私にはわかったのです。日本がカミ(神)の国と呼ばれてきたのもゆえなきことではありません」(芳賀徹訳)

 日本人の信仰の中心であるご皇室に反日左翼の思想が芽生え、根付き、葉を広げ、やがて時間が経つと取り除くことができなくなる「国難」について私は語ってきたつもりだ。それは皇太子妃殿下の心に宿る「傲慢」の罪に由来すると見た。ときすでに遅いのかもしれない。
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 「読者はこう考える」
 <皇室は無形世界遺産>
 ・雅子妃が堂々と、彼女なりの叡智を絞り、全能力を使って皇室文化に全力で立向かっているのならばまだ理解できますが、彼女は単に「心の病気」という錦の御旗で、自分の欲求を満たしているだけ。あまりにも姑息です。いや、幼すぎます。(名古屋市・男性)

 <公務を「こなす」は論外>
 ・いくら時代が変わろうとも、公務を「こなす」などと仰るのは論外です。残念ながら、皇太子妃殿下のお言葉には気持ちがこもっておらず、いくらでもご自分を機会はあったでしょうに、昭和天皇、そして今上陛下のお姿から何一つとして学んでらっしゃらないのは明白です。(WILLブログ・maca)

 <「お陰さまで」の別の形>
 ・他人様に感謝しないどころか自由と身勝手の区別もつかないような方々を敬う理由はないし、世襲の特権を許す理由もないわけですね。(WILLブログ・ひろ)

 <女性週刊誌にうんざり>
 ・もし皇室が廃止されれば、日本は内部崩壊を起こすと思います。混乱に乗じて中国が侵攻してくるかもしれません。そうなってからでは遅いのです。(メール投稿)

 <皇室の崩壊は日本の滅亡>
 ・皇室あっての日本であり、皇室の崩壊は、イコール日本の滅亡と知るべきである。健全な御皇室の健全な復活を希求している。(千葉県・男性)

 <適応障害と言われたら>
 ・雅子さんは皇太子妃の資格云々のまえに、他人と結婚して家族となろうという人間としての資質(男女かかわりなく)に欠けていると思います。(WILLブログ・パフィン)

 <無形文化遺産損壊の危機>
 ・ことの本質はそんなことではなく、世界最古の王家である天皇という祭司の伝統が、平成の御世で途切れようとしているという、いってみれば無形文化遺産損壊の危機なのである。つまりは現皇太子夫婦が御世を担うにはあまりにもふさわしくないという点で。

 ・家庭を作って誰に後ろ指さされることもないほど立派に営み、政治的には完全に身を退きつつ、それでいながら変な勢力に利用されないだけの知恵と機を見極める判断力を求められる。その上で祭祀長だ。どうあっても普通の育ちをしていては担える職務ではない。(ブログ「カトリックせいかつ」)
 深田匠著 「日本人の知らない『二つのアメリカ』の世界戦略」 高木書房より

 国という字は「玉を囲む」と書くが、玉とは天皇を意味する言葉である。国から玉がなくなれば、空っぽの外枠しか残らない。古より先人はそれをよく理解していたのだ。まさに二千数百年の長きに亘り、天皇こそが日本民族という一族の「父」であり、魂の拠り所であった。そして天皇家は世界の全ての王家の中でも比類なき最古の王朝であり、それゆえ日本は最古の国家だということができるのだ。「高貴なる司祭の権威と、その司祭に任命される執権者の権力」によって成り立つ神聖国家を夢見たのは、ダンテでありユダヤの碩学ゼカリアであった。しかしそんな国は現実の世界には、日本一国を除いて存続しなかった。従って天皇の存在は日本民族の宝であるだけでなく、人類全体の宝でもあるのだ。しかし現在の日本人は、このような自国の素晴らしき伝統を忘れ、愚かにも中共のインチキな「四千年の偽史」を有難がっている。灯台もと暗しとはこのことだ。(中略)シナの歴代王朝が滅亡を繰返したことは、真の「聖なるもの」が存在せず、偽史によって捏造された神聖性などは永続しないことを証明している。私達現在の日本人はこの真の「聖なるもの」を内なる誇りと共に大切に護持し、次代へ向けて継承せしめる責任を、二千六百六十余年間の全ての先人先祖に対して負っているのだ。
 そして実はその「聖なるもの」のご存在こそが、日本が中共の偽史文明に呑みこまれることを防ぐ最大の砦でもある。日本民族が皇統を護持するかぎり、日本が完全な中共の衛星国「日本人民共和国」になることは有り得ない。天皇陛下のご存在は日本を中共の属国化から防いでおられるのだ。それは聖徳太子以来の日本の伝統でもある(145頁)。
 諸君 5月号 平成17年度

 英国の王室は人倫や国民への義務より、己の欲望を優先した。それは日本人の選ぶところではない。なぜなら古来、皇室は国民と一つだったからである。皇室の範は、日本の外にはない。
 皇室典範に関する第6回有識者会議 産経新聞 平成17年度 6月1日

 安定的な皇位継承のあり方などを議論する政府の皇室典範に関する有識者会議(座長・吉川弘之元東大総長)は31日、都内で第6回会合を開き、皇室制度や憲法学の専門家4人から女性天皇の是非や問題点などについて意見聴取を行った。

 有識者会議には「はじめに女性天皇容認の結論ありきではないか」(自民党幹部)と懸念も出ているが、意見聴取する専門家の人選では現行の「男系男子」維持、女性天皇容認双方の立場を選び、皇室制度自体に批判的な考えの人も含まれた。

 31日の会合では、宗教行政を専門とする大原康男・國學院大學教授と、憲法学の八木秀次・高崎経済大学助教授が、父方に天皇を持つ男系男子による皇位継承を例外なく続けてきた皇室典範尊重の立場から「女性天皇、女系天皇容認の議論に入る前に、旧華族の皇籍復帰や皇族の養子制度など男系維持の方策を講じるべきだ」と主張した。

 一方、現代史や皇室に詳しい高橋紘・静岡福祉大教授は「女性天皇を容認し、皇位継承順位は長子(第一子)優先がいい」と指摘。憲法学の横田耕一・流通経済大教授は「そもそも憲法の表現(国民主権・平等原則など)と矛盾する天皇制度維持の必要があるのか」との論点を提示した。

 今年2月に発足した有識者会議は、ロボット工学が専門の吉川座長をはじめ、「メンバー10人中、皇室制度の専門家は1人か2人」(研究者)。第5回会合までは皇室の歴史や過去の皇位継承の経緯などに関する「勉強会」にとどまっていた。

 一方、政府は今秋までに有識者会議の報告を得て、来年の通常国会に愛子さまを念頭にした女性天皇容認のための皇室典範改正案を提出したい意向。ただ、皇室専門家には「重要問題だけに拙速はさけるべきだ」との意見が強い。

 6月8日の次回会合も専門家4人から意見を聞いた上で、「いろいろな見解を整理して詰めていく)(吉川座長)としており、有識者会議は夏以降、意見集約に向けた具体的な検討に入る。

 次回会合の意見陳述者は、鈴木正幸・神戸大副学長、高森明勅・拓植代客員教授、所功・京都産業大学、山折哲雄・国際日本文化研究センター所長の4人。

 大原康男 國學院大教授 
 ≪宮家存続の対策急げ
 二千年もの男系継承の歴史的重みを十分に認識し、女性天皇容認の議論に入る前に男系維持のための方策を講ずるべきだ。むしろ、宮家存続のための対策の方を急ぐ必要がある。有識者会議の事務説明では、戦後に皇籍離脱した旧十一宮家は現天皇と遠い血筋としているが、竹田宮家など四宮家には明治天皇の四人の皇女が嫁がれ血を引いている。皇室典範の改正規定にも問題がある。典範の改正には、(当事者の)皇室のご意向を反映させる回路がないのは極めて非民主的だ。

 八木秀次 高崎大学助教授
 ≪「男系」変えていいのか
 皇統は単純な「直系」による継承ではなく、あくまで「男系」による継承だ。現在の天皇の直接のご先祖である第百十九代光格天皇が傍系出身だったことも注目すべきだ。男系継承はもはや確立して原理といえ、現代人の判断で簡単に変えていいものか。
 皇室廃絶論者が最近、女性天皇容認論に傾いているのは、万世一系という皇室の正当性kを揺るがすという判断からだ。女性・女系天皇を容認すれば問題は建国以来の国柄の変更にもつんがる。有識者会議委員の責任は極めて重い。

 高橋 紘 静岡福祉大教授
 ≪女性容認、継承は長子優先
 女性天皇を容認し、皇位継承順位は長子(第一子)優先とするのがいい。皇室典範改正は、象徴天皇に相応しい皇位継承を基本として、国民に広く指示されることが重要だ。「男系男子」の継承を維持するために、約60年も前に臣籍降下した旧宮家を(皇族に)養子に迎えることが現在の国民感情に合うのか。男子に固執するあまり、かえって象徴天皇に反感を抱かれたら具合が悪い。長子優先とすれば直系で最初にうまれた子供という点でわかりやすく、親近感が生れる。

 横田 耕一 流通経済大教授
 ≪男系男子のみは憲法違反
 天皇は男系男子に限るというのは憲法違反だ。女性天皇や女系天皇を容認することは立法府の裁量に任されている。皇位継承の安定性と世論を考えれば、女性天皇を認めて長子(第一子)主義をとるべきだが、そこまでして女性天皇を置いておく必要があるか。皇位継承は自己目的ではなく、何のために、何を期待するのか考慮すべきだ。そもそも憲法の表現(国民主権など)に矛盾する天皇制度維持の必要があるのか。いずれにしろ天皇制度の存在意義が問われるのは不可避だ。
 皇室典範に関する第7回有識者会議 産経新聞平成17(2005)年6月9日(木)

 8日の会合では、焦点の女性・女系天皇を容認するかについて、神道古典・祭祀に詳しい高森明勅・拓植大客員教授と、日本法制史専門の、所功・京都産業大教授が、女性天皇の容認おw主張した。
 高森氏は「女系も皇統に含まれ得る」として皇位継承資格の制約緩和を主張した上で、「直系優先で兄弟姉妹間では男子優先がいい」との見解を提示。

 所氏は「可能な限り男系男子による継承の維持に努めるべきだが、男系女子皇族の即位も、女系継承も制度的に可能性を開いておく必要がある」と指摘した。

 日本近代史専門の鈴木正幸・神戸大副学長は女性天皇容認の是非には触れず、「次世代と価値観を共有できるものであらねばならない」と述べるにとどめた。

 宗教学者の山折哲雄・国際日本文化研究センター名誉教授は「男系であろうと女系であろうと構わない」と述べた。

 二度に亙る計8人の専門家からの意見聴衆の結果、二人が現行の男系男子維持の優先、三人が女性天皇容認を主張。残る三人は、立場を明らかにしなかった。

 専門家らの見解は、真っ向から対立しており、有識者会議の今後の意見集約も難航が予想される。

 高森明勅・拓植大学客員教授
 ≪女性天皇認めるべきだ
 現皇室典範では、皇位継承資格が歴史上、例を見ない窮屈なものとなっている。危機を打開するには、女性・女系天皇を認めるべきだ。旧宮家の皇籍復帰により皇族の数を確保するという提案があるが、仮に旧宮家の復帰が実現しても、男子限定を解除しないと早晩、行きづまる。問題の先延ばしに過ぎない。また、皇位継承順位については直系を優先し、兄弟姉妹間では男子を優先するがよい。天皇という立場で行う公務は、生理的、肉体的条件から男子の方が望ましいと考える。

 所功・京都産業大教授
 ≪順位は男子が先行
 皇位が千数百年以上にわたり男系の皇族により継承されてきた史実は重いが、女系継承も制度的に可能性を開いておく必要がある。可能な限り男系男子皇族による継承の維持に努めながら、同時に女系継承を認め、継承順位は「男子先行」とするのがよい。女性天皇の結婚相手は、皇室に十分なじむ方が望ましい。皇族減を食い止めるため、女性皇族が結婚後も宮家をたて皇族にとどまるようにするべきだ。女性天皇や女性宮家に、旧宮家の男子孫が入り婿することも期待したい。

 鈴木正幸・神戸大副学長
 ≪次世代と価値観共有を
 天皇、皇室は社会秩序を理想的に体現し、変わり行く社会に適応しながら、国民にあるべき姿を示してきた。現在、皇室の伝統ということがいわれているが、伝統は後の時代に選択されて取り入れられたものだ。今日、皇位継承に関して新しい伝統をつくろうということになれば、次世代と価値観を共有できるものであらねばならない。今回の皇室典範改正には、皇位継承に関しては家督相続という側面もある。皇族の方々の意見をなんらかの形で配慮する必要がある。

 山折哲雄・国際日本文化研究センター名誉教授
 ≪女系で構わない
 象徴天皇は、日本の歴史が平安時代と江戸時代に長期にわたって平和な時代を築いた上で、最も重要な役割を果たした。象徴天皇の歴史的背景、性格などが担保されるのであれば、皇位継承者は男系であろうと女系であろうと構わない。皇位継承の場合、血統の原理と(天皇が神格を得る)他国にはない即位後の大嘗祭によって、天皇にカリスマ性が備わることが特徴だ。カリスマ原理が欠けると象徴天皇の維持はできない。また、象徴家族と近代家族とのあり方の検討が必要となる。
 福地 惇 高知大学名誉教授 「歴史教科書10の争点」藤岡信勝著 徳間書店

 欧米列強の軍事力と、不平等条約に象徴される外圧に国を挙げて対応するには歴史伝統のなかの権威である京都の天皇のもとに大名会議を開催して国論・国策を統一する必要がありました。
 中川八洋 筑波大学教授 正論10月 平成17年度

 日本の女性天皇は全員、独身であって、天皇としてご懐妊されることはむろん、皇婿(皇夫)をもたれることも許されていない。ご懐妊の禁止と皇婿の禁止は、日本の皇室の不易の法である。
 推古天皇、皇極(斉明)天皇、持統天皇は、皇后であったが、天皇の崩御い伴い寡后(独身)になられたおで、中継ぎ天皇に推戴されたのである。これは元明天皇についてもいえることで、草壁皇太子の薨死伴い、寡妃(独身)となられたので、天皇に推戴された。これら五天皇は、「夫君」が崩御されなかったら、万が一にも天皇の位につかれることはなかった。

 ≪唯一の皇統維持は、旧・皇族の皇籍復帰しかない≫
 高森明勅氏のエッセーの末尾は「男系のみにこだわって、皇統の危機を座視すべきでない」と結ぶが、それはこの旧・皇族の皇籍復帰という最良にして最高かつ最も確実な皇統の安泰の道を封じるための、意図を秘めたレトリックである。われわれ真正の日本国民は、皇統の永遠のご繁栄のために、男系男子にこだわり、旧・皇族の皇籍復帰を直ちに決断しょうではないか。
 半藤一敏 作家 文藝春秋 11月号 

 ≪帷幄上奏権とは
 ・軍の大方針を決める軍令組織の長、つまり、陸軍参謀総長、海軍軍令部総長は、総理大臣の裁可を経ることなく、天皇に直接上奏できるという権限です。
 田中 卓 皇學館大學名誉教授 諸君 18年2月号

 「天皇の親政なくして象徴なし」
 T 象徴をして象徴たらしめたものは何か
 ・私は「祭祀」と「親政」に他ならないと考えます。

 U 天皇政治における特色
 ・天皇政治の根本が、祭祀にあることは明白で、しかも祀られる神々は、天神地祇、八百万の神たちであり、国民全ての祖先神をも含みます。祭・政を、もし幽・顕の世界と見れば、天皇は大和朝廷創建依頼、天神地祇を祭られることによって、日本国の幽界をも統治せられてきたと申してよく、この点が天皇統治の根源的な特色です。しかし、それだけではなく、今ひとつの内容があり、それを私は「親政」として理解します。

 V 象徴天皇論に欠落する史実
 ・国史を公平にみる限り、「天皇親政」の事実を認めなければ、日本の歴史そのものが成り立たないのです。実例をあげますと、
 第一に、神武天皇の国家建設の創業は、親政に非ずして何ですか。御身を挺して東征し、ヤマトの平定に千辛万苦されたればこそ、大和朝廷の発祥をみたのではありませんか。
 第二に、中大兄皇子(後の天智天皇)による曽我氏の誅滅という英断によって大化の改新の幕は切って落とされ、ひいては我が国律令体制の根基が確立されたのではありませんか。
 第三に、聖武天皇の親政がなければ、世界に誇る天平文化の花も咲くことはなかったでしょう。
 第四に、桓武天皇の親政をみなければ、平安の都一千年の歴史も形を変えたでしょう。
 第五に、後醍醐天皇の親政がなければ、建武中興もありえないし、忠臣義士の歴史もないでしょう。
 第六に、明治天皇の親政がなければ、明治維新はなく、近代国家としての日本の発展もあり得ません。昭和天皇に対する国民の敬迎も、終戦時の聖断や、マッカーサーに対して、国民のために一切の責任を取るという自発的な献身の御発言によるところが大きいのではありませんか。

 ・正しい見方からすれば、天皇は祭祀と共に親政を本質とし、その御歴代の人格・徳望の素晴らしさによって、「象徴」という成果が生まれたというべきです。象徴をして象徴たらしめたものは、親政に他ならない。親政が根であり、象徴は花なのです。花の美しさだけを見て、根を忘れ、切断してしまえば、一切が失われることを覚悟せねばなりません。

 ・天皇親政をいうと、直ちに専制、独裁と勘違いする人があり、それを恐れて有識者でさえ誰も口にしませんが、それは歴史を知らぬ誤りです。杞憂の論をするなら、民主制こそ「多数民衆による専制支配」の政治であり、共産制は「少数エリートによる唯我独尊」の政治ではありませんか。
 天皇政治は、多数や少数の立場を超越して「万民保全」の道を求めるものです。

 W 君臣の情義を学ぶことが正統史学の根本
 ・歴史を一貫するこの「君臣の情義」を理解しないでは、天皇政治の特色もわからないし、尊皇の心も沸き起こることはないでしょう。かって若林強斎は「君がイトシフテナラヌ至誠惻怛の心」と説きましたが、真木和泉守はそれを「戀闕」という言葉であらわし、みずから大楠公の挙族殉忠を範としました。その和泉守より「戀闕第一等の人」と評せられた平野国臣は「君がよの安けかりせばかねてより身は花守となりけんものを」と詠みつつ、進んで嵐の庭に散ってゆきました。
 吉田松陰が「士規七則」の中で「君臣一体、忠孝一致、唯我が国を然りとなすのみ」と喝破し、皇国の尊厳を説いてやまなかったのは、歴史を貫くこの「君臣の情義」を踏まえてのことです。

 X 皇統継承論について

 むすびー「日本再建」には“三百年”を要するか

 ・私の理想とするのは「民主国家」でなく、「道義国家」の建設ですが、以上のように見てきますと、YP体制下での祖国復活は容易なことではありません。そのために、「日本再建」には「恐らく三百年はかかるであろう」と覚悟して、終戦の聖断を下されたのが、昭和天皇であられました。

 ・「五十年で日本再建ということは私は困難であると思う。恐らくは三百年はかかるであろう」(昭和20年12月1日、米内光政海軍大臣参内時の陛下のお言葉)

 ・「日本が本物にかへってゆくのは先づ三百年位かと思ひますが・・・」(平泉 澄先生)

 ・「神国は 神の教えを 尽くし果て 絶えむ絶えじは 神のまにまに」(幕末の戀闕の志士、佐久良東雄の絶唱)
 田久保忠衛 杏林大学客員教授 外交評論家 正論18年2月号

 《「権権分離」で保たれた日本の国体》
 ・権威と権力がうまく調和して、二千六百数十年の間続いてきたのが我が国体です。
 萩野 貞樹 国語学者 正論18年2月号

 《「帝王教育が必要」の嘘》
 ・天皇の資格とは、ただ「血統」というものだけなのです。例えば「資治通鑑」やら「中朝事実」やら「神皇正統記」を読みこなしていなければならないというようなものではありません。弁護士や税理士ではないのです。学力試験や資格試験があるわけでもない。帝王学という言葉で、何を言い表しているのか分かりませんけれども、そのようなものが不要であることは多くの先帝方の例が示してくれています。
 小田村四郎 前拓殖大学総長 正論18年2月号

 《皇祖皇宗の御遺訓である皇室典範をお護りする》
 ・皇室典範は天皇陛下といえどもみだりに手を触れることはできない
 ・皇室典範問題研究会(代表・小堀桂一郎東大名誉教授)は、占領中にGHQの強力な圧力によって臣籍降下を余儀なくされた旧十一宮家の方々に特別立法で皇籍復帰していただくべきだと提言しています。
 屋山太郎 政治評論家 正論 18年度2月号

 《伝統を墨守するということ》
 ・伝統を墨守していれば、悪いものは簡単に入り込む余地はないということです。
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 「日本の教育ーここが問題だ」 海竜社

 ・かって同じ敗戦国であるドイツは、降伏に際して二つの条件をつけた。一つは、小さくてもいいから軍隊を保持させてくれ、ということ。二つは、教育問題には手をつけないでくれ、ということだった。
 これに対して日本がつけた条件は、国体の護持だけだった。その結果、憲法も教育基本法も押し付けられ、教育勅語は破棄させられた。昨今は「女帝・女系天皇」論がはびこり、唯一守った「国体の護持」さえ怪しくなっている。
 武田恒泰氏  旧武田宮家直孫  正論 平成18年 2月号

 ・やはり私達は歴史を大切にしなくてはいけません。日本が世界に誇れるものは歴史であり、文化です。経済力でも軍事力でもなく文化なんですよね。先人たちが本気で守ってきたものを守らなければいけません

 ・日本は農耕民族で、女性に重たい物をおしつけるのはどうかという、農作業の分担に由来する男女平等の文化があります。

 ・男性は天皇として、女性は皇后として役割分担してきたわけです。これを一気に、天皇の役割、皇后の役割の両方を一人の女性に押し付けたとしたらとても務まるものではありません。

 ・二千年前、千年前、言葉使いも身なりもモノの考え方も価値観も全く違う日本人の唯一変えなかった皇室を、平成の価値観で変えてしまっていいのかということですね。
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 西尾幹二さんに敢えて注告します
 これでは「朝敵」と言われても・・・・

 <保守派を装った左翼の論文>

 <百害あって一利なし
 確かに西尾論文二編中には、納得の行く記述も多い。特に6月号の女系天皇を否定する考えは私とほとんど意見が一致する。また、日本人の宗教観の部分については私自身も勉強させて頂いた。それに、外務官僚が宮中深くに入り込むことの弊害を取り除くべき考えや、東宮妃の主治医を複数にすべきといった提案にも私は賛同する。

 <東宮に対する不信
 もし百歩譲って西尾論文の内容が大方事実だとしたら、直接両殿下に申し上げるべきだ。わざわざ雑誌に掲載して多くの読者に披瀝する価値は何所にもない。東宮御所に投書することは可能であり、西尾氏ほどの言論人であれば、人脈を辿って両殿下のお手元に諫言書を届けることもできただろう。

 <一言でいえば卑怯」>
 本当に皇室のことを心から憂いているのなら、両殿下には直接諫言を申し上げながらも、雑誌では只管皇室を擁護して、「如何なる困難があっても皇室は大丈夫」と発言するべきではないか。これこそが、本当の保守論壇の責任ある発言者の立場であると私は考える。

 <西尾論文の構造>

 <お世継ぎ問題こそ本質>

 <東宮妃殿下は反日左翼か>

 <妄想に始まり妄想に終わる>

 <西尾氏こそ反日左翼では?>

 <船と乗客のたとえは不適切>
 皇室の制度は時代と共に常に変化している。現在の制度は昭和22年の憲法改正によって大きく変更されたものであり、明治維新によっても皇室の制度は大改革を経た。皇室の制度は政体の一部であって国体そのものではない国体とは天皇が君臨することであり天皇は制度なのではなく、制度が本質なのでもない

 では天皇の本質とは何か。戦後の神道界に絶大なる影響を与えた思想家・葦津珍彦は、天皇の本質は「祭り主」であるという。その著書には「神に接近し、皇祖神の神意に相通じ、精神的に皇祖神と一体たるべく日常不断の努力をなさっている」という記述があるが、これは現在の神道界の基本的な考え方になっている。

 この考え方によれば、西尾氏の言うように、本質たる制度の上にたまたま天皇在位者が乗っているのではなく、むしろ逆で、本質は制度の方ではなく、天皇の方にある。「神に接近し、皇祖神の神意に相通じ、精神的に皇祖神一体たるべく日常不断の努力をなさってゐる」存在、それが天皇なのである。制度などは今後も変更される可能性があるが、今述べた「祭り主」としての天皇の本質は未来永劫変わることはない。

 また西尾氏は<天皇は伝統を所有しているのではなく、伝統に所有されている>ともいうが、天皇は伝統に所有されてなどいない。天皇と伝統は不可分一体であり、所有・被所有の関係にはない。

 <患者に対する配慮に欠ける>

 <皇后は「祭り主」ではない>

 <必ずや立派な天皇に>

 <読者よ目を覚ませ!
 西尾論文の結論は<この私も中核から崩れ始めた国家の危機を取り除く為に天皇制度の廃棄に賛成するかもしれない>となっているが、これでは「天皇制度は廃棄されてしまえ」と結論していることと等しく。<天皇制度の廃止に賛成する>人物に、皇室を思いやる発言をする資格はないと私は思う。私は西尾氏に問いたい。天皇制度を廃棄したら、一体如何なる世界が訪れるのか。それは共和制なのか。

 西尾氏が責任あることばを述べているとは私には思えないのである。西尾氏はたとえ冗談だとしても、このことを両陛下の前で言うことができるのか。もし西尾論文に賛同する読者がいるなら、<天皇制度の廃棄>について、一人ひとりの心に問いかけてもらいたい。

 そもそも、<天皇制度の廃棄>などという表現は言論人としての品格を疑うものである。自らの論調に酔った勢いで書いた言葉かもしれないが、言い方に品格があってしかるべきだ。卑しくも評論家として一定の評価を受けている人物がそれなりの雑誌に寄稿するのであれば、その程度の要求があって当然だろう。

 作法は善悪を超える。仮に西尾氏の論が完全に正しいことだとしても、正しいことを振りかざして現実が混乱するのであれば、その正義は自らのエゴでしかない。

 皇室の最大の問題はお世継ぎ問題であり、先述したとおりこの点で西尾氏と私は意見が一致する。私は西尾氏には品格のある発言者として今後も活躍して頂きたいと思っている。

 私のような32才が、人生の先輩にこのようなことを言うのは申し訳ないが、もし私のこの注告読んで少しも思いを致すところがないとしたら、そろそろ世代交代の時期がきているのかもしれない。そして、皇室を尊崇する良識ある読者よ、目を覚まして欲しい。(WILL−2008年7月号)
 松原 仁 衆議院議員 正論平成18年4月号

 松原:皇室というのは権威の象徴であり、権力ではありませんでした。日本は古来から神ながらの道を来たのであり、天皇とは日本最高の神官なのです。その神官のルールとして男系が維持されてきたのです。そこでこれを女系に変更することは、日本教の祭主である皇室の伝統を否定することにもつながります。

 さかもと:東京裁判史観をそのまま受け入れて現在に至っているのはとんでもないことですね。日本を骨抜きにする仕上げとしてこういうことが現実となるならば、大変なことです。敗戦のときGHQでさえ、途絶えさせなかった皇統を、自国民が途絶えさせようとしているなんてー。

 松原:天皇家の脈々とした歴史があってこれが柱として存在しているが故に、遣隋使の時代は和魂漢才、明治維新では和魂洋才などと、他文化の吸収に鷹揚な大変許容力をもったわれわれの文化が続いてきたということです。仏教すら容れたんです。神仏習合です。

 さかもと:結局「制度を守る」と言いつつ原理を破壊しょうとしているのが今回の皇室典範論議ですよね。

 さまもと:「全然違うものができますよ」という話ですものね。こんな危険なことが白昼堂々とまかり通とうとしている国家というのは、判断力を失っているとしか思えません。(中略)有識者会議の座長の発言に「歴史を考慮しなかった」というのがありましたが、歴史と伝統そのものと言える天皇家について考えるのに歴史を考慮しなかったというのは一体どういうことでしょう。経済の専門家が「経済のことを考えずに経済政策をつくりました」というのと同じで、自家撞着の発言なんですよね。
 兵本達吉 共産主義研究家 WILL 3月号 

 皇室は、記紀など古代神話の中に起源を持ち、民族の連続性を体現する「万世一系」の家系であり、農耕民族である日本人に固有の祭りごと・大嘗祭、神嘗祭、新嘗祭などの司祭者の家系であり、日本(大和)民族のいわば「族長」のような家柄であったと思われる。

 そして、自らが実力的支配の力(実権)を失ってからも、権力者に権力を授与する「超権力」として存続し続けた。それゆえ、皇室に対しては、日本国民の間には法律や制度によって強制されたものではない、歴史的に形成された自発的な支持があった。皇室の統治を、押し付けられたものとしてではなく、下から進んで受け入れようとする要素があった。

 従ってこのような統治は強固であり、ロシアのロマノフ王朝のツアーやプロシアのカイぜルの専制国家と同一視するのは、誤りである。第一次大戦でロシアがドイツに敗北すると、ニコライ二世は、たちまち国民の支持を失ってしまった。しかし、日本では、戦争に敗北し、天皇の運命が空前の危機にさらされたときに、「天皇制打倒」を叫んだ日本共産党は顰蹙を買い、かえって国民の支持を失うことになった。日本の皇室と征服王朝の違いである。
 大原康男 國學院大學教授 WILL−2008年6月号

 「皇太子殿下の北京五輪出席を許してはならない」
 <宮沢内閣、最大の汚点>
 宮沢喜一首相も渡辺美智雄外相もすでにこの世におられないので、弁明を聞く術もない。しかし、もう一人、今も現在で天皇ご訪中を強硬に推し進めた者がいる。
 加藤紘一官房長官(当時)です。「加藤の乱」で失墜し、一度は議員を辞職し、もう政治的生命もおしまいかと思われましたが、またぞろ出てきて山崎拓議員あたりと結託し、リベラル派を結集しょうとする怪しげな動きを活発化しています。

 <福田首相で油断できない>
 <1ヶ月が正念場>
 <楽観視するなかれ>

 

 真中行造 HP管理者

 ・国体は、生存発展を願う日本民族の理性本能の制度。

 ・原始社会→貴族社会→武家社会→明治・大正時代→昭和時代。
 2,600年の歴史の中で天皇が前面に出られた年数はどれ位あったか。

 ・祭りごとから政ごとに移行するにつれ、天皇は基本的に政ごとの国内権力闘争のカヤの外。

 ・国柄は、公的に見ると天皇制であり、私的に見ると家族制度である。国民は天皇を本家のように思っている。家族がなくなれば、本家意識がなくなる。家族破壊は天皇制否定につながる。

 ・民主主義にあっては多数の意志最大限尊重されなければならない。多数の意志は新憲法で総意と表現されている。日本国民の総意は天皇制を認めている。天皇制は尊重されなければならない。

 ・権力としての政治(国政)を超えた国民統合の地位(天皇制)には2千年以上の歴史的事実がある。こうした歴史は占領軍すら廃止することができなかった。天皇が憲法の第1章に位置している意味をもっと深く考えなければならない。

 ・日本は八百万の”神の国”。全国至るところに神々がおられ、神社がある。菅原道真のような“学問の神様”も居られれば、乃木大将のような“軍人の神様”もおられる。双葉山は“相撲の神様”であり、宮本武蔵は“剣聖”である。川上哲治氏は“野球の神様”であり、現人神でもある。
 要は、その道で優れた人々を“神様”として尊敬し、後に続く人間は“理想”とするのである。このような日本人の発想からして、家族の象徴、文化の象徴、権威の象徴としての“天皇”が居られるのは自然なことであり、どこもおかしくない。

 ・左翼は相変らず「戦争責任の曖昧さを残し、人間社会の不平等の象徴である天皇制をそのままにしている」と批判している。この考えは、民主主義なるものを本当に理解していない“旧ソ連・中国型の民主主義”である。即ち平等主義的民主主義、全体主義的民主主義、人民民主主義といわれるものである。この考えに立つと、天皇制は理解できない。だから上記のような批判になる。民主主義には、イギリス・アメリカ型、すなわち“自由主義的民主主義”“国民民主主義”もあるのである。そこでは、歴史・伝統・文化が最大限尊重される。天皇は権力を行使されるわけではない。権威の象徴である。天皇以外は、全ての国民は平等である。

 次に戦争責任の問題であるが、これ又、おかしな話である。敵将、マッカーサーが“上院議員外交委員会”で、宣誓した上で、日本の戦争は「国家安全の為の戦争であった」とはっきり宣言しているではないか。日本の戦争は侵略戦争ではなかったのである。だからいつまでも戦争責任を問うのはおかしいのである。いつまでも言いつづけるのは、特定思想に凝り固まっているからである。

 《「男系一世」思想の背景》
 ・農耕民族である我等の先祖は自然から学んだ。「(良い)種」さえ有れば、どのような田圃でも「お米」は取れる。しかし、いくら田圃を持っていても、種がなければ風任せで「お米」は取れるとは限らない、と。良い種を残し、それをいろんな田圃に蒔く。多少の優劣はあっても確実に「お米」は取れる。「X遺伝子」「Y遺伝子」などというのは知らなくても、本能的に、種を「男」、田圃を「女性」とみなしたのであろう。「男系一系」の発想はここから生まれてきたものと確信する。

 《「平等思想」は自然に反する》
 
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