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在日
鄭大均 特別永住者制度 日本国籍を有する者との差異なき取扱い例 在日の特権 大島信三 坂中英徳 楊 文凱 金 美麗 浅川晃広 呉 善花 村山祥栄 真中行造
鈴木 晃 百地 章                        
 鄭大均著 「在日・強制連行の神話」 

 一世の立場からすれば、自分が日本にいることを、すべて戦前の日本人の強制連行のせいにするような話しには、他者に対する欺瞞とともに自己に対する欺瞞があり、これは本来なら恥ずべき行為であったはずである(152頁)。

 やがて見て取れるのは、かっては恥ずべきとされた朴慶植の態度がお手本となり、それが本物のコリアンになる方法として推奨されているという状況である。強制連行の歴史を自信満々に語る二世や三世の言説のいくつかは、第一章の「在日自身の連行論」で紹介したが、彼らは被害者アイデンティティに人生の根拠と動機を見出したポスト朴慶植の子供たちなのである。それはしかし在日によって幸福なことだろうか(157頁)。

 かっての日本には、不利な立場で生まれてきたがゆえに、他人よりも努力して自分を鍛えるとか、理不尽さに向き合う過程で、ある種の奥行を備えた人間が生まれるという「逆境の効用」とでもいうべき状況もあった。それに較べると、今日の日本に見て取れるのは、コリアンであることを自己表示するや、ある種の権威権力を得るという状況で、これでは自分をスポイルすることになりはしないか(158頁)。

 より良い生活をするために、私達は、祖国や日本との関係をどのように変えていったらいいのか。これがおそらくは多くの在日コリアンが共有する関心事であると思われるのだが、被害者アイデンティティに身を任せた人間は、前向きの人生を選択しない。つまり彼らが関心を寄せるのは、日本人とコリアンのより良い関係の未来の模索などというよりは、「不幸の科学」(レイモン・クノー)の歴史であり、その在日版の元祖的な位置にあるのが、『朝鮮人強制連行の記録』を著した朴慶植なのである(159頁)。

 被害者アイデンティティに人生の根拠と動機を見出している人間には、自己責任の感覚がない。自己責任の感覚が欠けているということは、自己検討の機会を自ら遠ざけているということであり、それは、北朝鮮に対する幻想が幻滅に変わった後になっても、北朝鮮との関係を持続させる契機になってしまう。そんな悪しきお手本みたいな本を、在日論の「名著」だとか「古典」だとかいって、持ち上げるのはもうやめた方がいい。在日コリアンが北朝鮮との不透明な関係を維持し、その核開発や国家テロに利用される契機を作り出すのに、この本は一役買っているのである(165頁)。

 在日の同胞組織に特徴的なのは、自ら進んで南北の対立抗争に参加し、その代弁者を任じ、南北両政権の対日政策を推進する圧力団体の役割を担うという態度で、朝鮮半島に帰属意識共属意識もないまま、いまだにソウルや平壌のメンバーシップ(つまり韓国籍や朝鮮籍)を維持しているというのは、この自己検討の回避、ないしは対抗主義という在日の伝統の所産であろう。
 この「対抗主義」という言葉は竹田青嗣から借用したものだが、次のように記されている。
 「在日においては、民族主義はもはや反侵略の対抗根拠ではなく、差別への対抗根拠となっている。在日の新しい世代が日本社会に対して持つ対抗性は、差別(日本社会からの市民的な差別、排除)によるものであって、国家間の侵略や支配によるものではない」(竹田青嗣「在日と対抗主義」井上俊也編『岩波講座現代社会学 第24巻民族・国家・エスニシティ』所収、岩波書店、1996年)(166頁)。

 日本国の中でのマジョリティ・マイノリティ関係や差別の問題に関心を寄せるもので、その転換点となったのは80年代であろう。80年代は、日韓が加害者・被害者の役割分担を明瞭にした時期であるとともに、在日の青年世代が二世から三世に移行しはじめた時期であり、また公務就労や参政権と除くと、特別永住者の在日が日本人とほとんど変わりない権利・義務関係のなかで生活することができるようになった時期でもある(166頁)。

 今日の若い在日世代に自己葛藤があるとしたら、それは何よりもアイデンティティ(主観的自己)と帰属(客観的自己)のズレに起因するもので、在日は、客観的には、外国籍を持ち、朝鮮半島に帰属していることになっているが、主観的、心理的には、朝鮮半島への帰属意識や共属意識に欠け、また日本においては外国人意識にも欠けている。つまり、在日は朝鮮半島との関係においても、日本との関係においても、不透明な存在になっているのであり、その不透明性を解消するためには帰属をアイデンティティの側に近づけるという方法、つまり日本国籍を取得するという方法以外にないと思われるのであるが、前章でも記したように、オピニオン・メーカーといわれる人々に特徴的なのは、日本人や日本国に対する対抗主義的な性格であり、彼らには在日の明日のために、ものごとを前向きに考えるという習慣がないのである(176頁)。

 敗戦直後の在日朝鮮人は、敗戦国の無力な警察を嘲笑しつつ、暴力と脱法行為で虚脱状態の日本社会を我が物顔に横行した。超満員の列車から日本人を引き摺り下ろして、自分たちが占領するといった光景は、決して珍しいものではなかった。くどくいうのは控えたいが、その有様は、かって居留民団の団長をし、本国の国会議員にもなった権逸氏が、著書『回顧録』のなかで、「今もその時のことを思い出すと、全身から冷や汗が流れる思いがする」と書いていることから想像していただきたい。そうした姿は「朝鮮人無法者集団」という印象を日本人の胸に強く植え付けた。外国人の指紋押捺制度が1955年に採用されたのも、上記のことと関連があった。朝鮮人による外国人登録証明書の不正受給偽造変造があまりにも多かったのである。密航者のための登録証偽造や、実在しない人間の登録証を役所に作らせて(脅迫や買収がからむ)それを売ったり、そうした幽霊人口によって得た配給食糧をヤミ市場に流すなど、さまざまな不正があった」(一日本人の見た戦後日韓関係」『現代コリア』1992年12月号)(31頁)。

 「六世になっても外国籍をかえようとしないのは世界でも在日くらいだ」(195頁)
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 都管理職試験・外国籍拒否は「差別」か

 「在日」の歪んだ“偶像”

 −「韓国系日本人」として生きることを断固拒むわが妹と彼女を称賛する「市民派」たちへの疑問−

 ≪何故日本国籍を取得しないのか?≫ 
 考えてみたらいい、妹は日本の公務員であり、これからも日本に住みつづけるというのに、なぜ日本国籍を取得し、この社会のフルメンバーになろうとはしないのか。彼女は韓国語で意思疎通ができるわけではないし、韓国で暮らそうと考えている人間でもない。にも拘らず、韓国籍を維持しているのはなぜなのか。韓国系日本人として生きていけるというのにである。このことはしかし、彼女が自らを抑圧や差別の被害者と規定し、その生き証人として生きて行こうとしているのだと考えると合点がいく。彼女は日本人や日本国を糾弾することを自己の使命としている人間であり、そのためには彼女自身が日本人になってはまずいのである(190頁)。

 ≪公的職務と参政権以外にどんな差別があるの?
 差別の事例として取りあげられているのが、アパートを借りるときの保証人の数であるのもおかしい。そもそもなんでこれが在日差別の事例なのか。日本人がアパートを借りるときだって保証人が二人必要なときがある。一方では、妹のような特別永住者の在日が日本人の保証人になることだってあるだろう。被害者意識に自己拘束された人間は世界を差別と被差別の視点から眺めるプロであるが、それでもこれこそは在日に対する本物の差別なりと断定できる事例を探すのが困難な、そんな時代に私達は住んでいるのである

 ≪嫌なら韓国に簡単に引越しできるのに
 いいかえると、在日は日本に住むのがいやなら韓国に移り住むことができるのである、少数ではあるが、日本から韓国に生活の地を移している者もいる。韓国籍を持つ者にはヨン様の国で第二の人生をはじめる権利があるのであり、そこにはなんの規制もない。そのまま韓国に赴くだけでいい。ビザなんていらない。ビザがいるのは外国で暮らす場合であり、在日にとって韓国は外国ではないのである

 ≪国民でもないのに国民と同じ権利を要求するのはおかしいぞ
 今日の在日に見て取れるのは、韓国・朝鮮籍を有しながらも本国への帰属意識に欠け、(韓国とか北朝鮮の)外国籍を有しながらも外国人意識にも欠けるというアイデンティティと帰属(国籍)の間のズレという状況であり、このような人々がさらに内国人との間の権利上の差異をなくすというのでは、ズレが永続化してしまうことになるであろう。(鄭大均 東京都立大学教授 「諸君4月号 平成17年度」190頁)
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 鄭大均著 在日韓国人の終焉」  (文藝春秋

 ≪韓国人だが韓国人意識に欠ける
 韓国籍を持っているということは、参政権を有することを意味するものであるが、国外に永住権を持つ者は住民登録の手続ができないから、選挙人名簿に搭載されることはないのであり、したがって選挙権を行使することも出来ない(ただし、大統領や国会議員に出馬する被選挙権はある)。また、国外に永住権を持つ者は兵役義務からも免除されるから、この点でも在日韓国人は「本当」の韓国人とは区別される存在である(16頁)。

 99年12月に施行されて「在外同胞特例法」により、在日韓国人は、出入国管理事務所で韓国内の居住を申告できるようになり、電話や自動車の本人名義での購入や医療保険への加入も認められるようになった(17頁)。

 韓国での住民登録をするためには日本の永住権を放棄しなければならない。これは韓国に対する信頼や敬意があってはじめてできることであるが、在日韓国人には、おそらく、そのような感情や感覚が不足しているのであろう(18頁)

日本国籍を有する者との差異無き取扱い例>(20頁)
・国民健康保険
・国民年金制度
・義務教育に関する児童就学通知
・義務教育の無償
・各種公務員としての就業の道(鄭大均氏は東京都の公務員
・医師、歯科医師、弁護士、税理士資格の取得
 
唯一の差異
選挙権
被選挙権
 政治的権利を除くと、在日韓国人は日本人とほぼ同様の社会権を享受している。制度的差別はほとんどない。

 第三章 帰国と帰化と在日の歴史

 在日韓国人のアイデンティティと帰属の問題に触れてきたが、この問題が重要であるのは、それが私達の自己受容自尊心の問題と深く結びついているからである。つまり、ある者は自己の所属する集団の特徴とはほぼ無関係に、自己のパーソナリティ技術から自尊の念を引き出すことができるが、他の者はむしろ集団に依存してそれを得るのであり、多くの者は集団と個人の双方から得られるものを必要としている(366)。⇒愛国心が個人の幸せに繋がる人もいる

 第四章 何故韓国籍を維持しているのか?
@在日韓国人社会には帰化タブーがあり、それは在日韓国人の民族主義対抗主義とともに日本人の多文化主義人権主義によって支えられているものである。
 「国籍韓国籍・朝鮮籍」こそ、在日同胞が日本の「単一民族」への吸収・同化から民族的アイデンティティを守る最後の砦であり、一世たちが守ってきた貴重な遺産である。

A在日韓国人が帰化に躊躇するのは、帰化に対する評価のためというよりは、帰化によってもたらされる副作用や制裁を回避するためである。
 民族と国籍は別物です。韓民族の言葉や歴史を学び、一方で日本国籍をとって、生活や営業の権利を守るために国政に参加する一票を持つことは自然なことです。そうすれば、政治家は私達の意見に耳を傾けるだろうし、パチンコ業界も変わるでしょう(76頁)

B外国人意識の希薄な在日韓国人には帰化手続に対する心理的抵抗が生じやすい。
C韓国籍を維持したままでも生活に支障がないという状況がある。
Dアイデンティティと帰属の間のズレという状況は、在日韓国人の帰化への準備性を高めるものであったが、80年代以後の在日韓国人運動が選択したのは国籍問題を棚上げする方法であった。
 人権主義や多文化主義を旨とする人間にとっては在日を尊重し保存することは人権社会や共生社会を実現する方法である。

E在日韓国人の「モラトリアム人間化」が国籍や国籍移動への無関心を生み出した。

 第六章 永遠の外国人でいいのか

 永住外国人の多くは韓国籍や朝鮮籍を持つ在日韓国人や在日朝鮮人であり、うち参政権獲得に熱心なのは韓国系の民団ではあっても、北朝鮮系の総連ではない。自らを朝鮮民主主義人民共和国の「海外公民」と規定する総連は、民団の参政権要求には批判的である(150頁)。

 参政権運動とは在日韓国人の何をどのように変えるための運動なのだろうか。在日韓国人がこのことついて記した文がいつも触れるのは、日本社会の変革のことだが、なぜ変わるべきは日本であって自分ではないのか。地方参政権の後にくるのは、被選挙権や国政選挙参加の要求と思われるが、この点についての民団の立場とはどのようなものか。民団といえば、役員には韓国籍の団員しかなれないが自身は国籍差別をしておきながら、日本国に対しては、韓国籍のままの参政権を要求するというのはダブル・スタンダードではないのか。そもそも、在日韓国人は三世から四世の時代を迎えているというのに、外国人のままでいるのはおかしくないか(151頁)。

 私が参政権付与に反対するのは、何よりも、それが在日韓国人にとって好ましいものではないと考えるからである。今日の在日韓国人に見て取れるのは、韓国籍を有しながらも韓国人意識に欠け、外国籍を有しながらも外国人意識に欠けるというアイデンティティと帰属(国籍)のズレであり、在日韓国人は自分自身を説明できない存在になっている。参政権付与は、このズレを永続化するのに貢献すると考えられるのである(151頁)。

 どうしたらいいのか。答えは明瞭である。在日韓国人はそのアイデンティティに合わせて帰属(国籍)を変えればいい。つまり「永住外国人」などという宙ぶらりんな存在としてよりは、日本国籍を取得して、この社会のフル・メンバーとして生きていけばいいのであり、そのために必要なら帰化手続きの幣を指摘すればいいコリア系日本人の誕生は、日本社会の多元化のとっかかりとなりうるものであろうし、在日韓国人が日本国籍を取得することは、本国の韓国人との間に、対等で透明な関係を築くためにも好ましいものであろう。韓国籍を持ちながらも韓国への帰属意識に欠けるという従来のスタンスは、本国の韓国人には、不透明な印象を与えるものであり、韓国人を維持しているということは、彼らから尊敬されにくい条件になっていたのである(152頁)。

 <参政権がないのは不思議か
 北欧諸国でもEU諸国でもいい。どこに在日のように三世、四世の世代を迎え、祖国とは心理的にも文化的にも切り離され、しかも、居住社会との間に文化的、宗教的な葛藤があるわけでもないのに、国籍だけは母国のそれを維持している数十万規模の定住外国人集団がいるというのか。この種の比較は、それぞれの定住外国人の状況が、日本における定住外国人のそれに類似しているのでなければ意味がないであろう。
 ちなみに、憲法学の長尾一紘氏(中央大学教授)によると、北欧諸国が外国人に参政権を認めているのは、移民の奨励と社会的統合を目的とするものであり、EU諸国においては、国家統合をめざすEU諸国内に限り、参政権が付与されている。また、ドイツとフランスにおいては、外国人参政権が憲法違反との判決が出たため、憲法改正が必要とされたという(『外国人の参政権』世界思想社、2000年)(155頁)。

 韓国についての言及もおかしい。韓国では5年以上の定住外国人に2002年からの地方参政権を与える法案が可決された。しかし、この法案は、韓国に定住する外国人の側から出てきたものというよりは、韓国政府が日本政府にプレッシャーをかけるべく提出したもので、便宜主義の産物以外の何物でもない。こんな便宜主義の「相互主義」や「国際信義」を右の社説(朝日)は示唆しているのだが、これはおかしくはないか(155頁)。

 国際的に見て、在日に不思議なことがあるとしたら、それは参政権がないというよりは、日本国籍がないということであり、不思議がってみせるなら、そのことに触れるべきなのである(156頁)。

 <帰化論は排外主義か
 まず事実認識の問題だが、1952年のサンフランシスコ講和条約の発動に伴って旧植民地出身者は一斉に「日本国籍」を失い、「外国人」になったが、その過程を「まったく一方的になされた」と形容するのは事実にそぐわない。旧植民地出身者に国籍選択の機会が与えられなかったのは事実であるが、旧植民地出身者の側にそれを求める態度が欠けていたのも事実だからである。

 指紋押捺制度制度的差別と見なすのも問題がある。押捺制度については、すでに第四章で触れたが、ここでは押捺制度が導入された理由を記した佐藤勝巳氏の文を紹介しておきたい。
 「指紋押捺制度が導入された理由は三つあった。@幽霊登録証が大量に存在し(ある時期、対馬に登録証の製造工場があったといわれている)、米の不正受給がなされる一方、敗戦直後日本から帰国した朝鮮人が再度日本に手続なしで入国、それらの人に登録証が裏で売買されるなど在留外国人の実数掌握が困難であったこと。Aさらに1950年6月からの朝鮮戦争で、韓国からの難民が手続なしで入国し出したこと。B同じようにこの戦争を契機として北朝鮮からの工作員が日本に入国、米軍を背後からおびやかす工作を開始したことである。このようなことがなかったら指紋押捺制度など必要としなかったと思う。
 今反対運動を進めている人たちの主張を要約すると次のようになる。@指紋押捺制度を導入したことによって不正な登録証は整理された。A他方、日本生まれの在日韓国・朝鮮人が多数を占めるようになり、この制度を導入したときと状況は大きく変化している。B人権尊重という点から、指紋押捺制度を廃止、写真に変えるべきだということである(159頁)。

 日本を取り巻く国内外の状況も大きく違ってきている。なによりも朝鮮半島に戦争など存在していない。しかし、ただ一つだけ変わっていないものがある。それは北朝鮮の対南解放路線である。具体的には、韓国の政権を打倒して、北寄りの政権を樹立、最後に南を支配下に入れるというのが北朝鮮の対南戦略である。それを実現する戦術は、合法・非合法、平和的・非平和的な手段を状況に応じて使い分けるというものであり、日本はこの戦術を行使する格好の場所の一つという位置付けである(160頁)。

 「いやなら国に帰ればいい」とか「帰化すればいい」という発言は、確かにほめられたものではないが、これは本当は、在日韓国人自身が自問してよい言葉ではないのか。私達は韓国籍を維持しているのであり、韓国籍を維持しているということは、韓国に居住権があることを意味するのであり、少数ではあっても、70年代にも80年代にも韓国に帰って生活をはじめている者もいるのである。対して、私達が日本で暮らしているのはなぜなのか。それはおそらくは、私達が日本を選択しているからなのだが、それなら、なぜ、祖国との間に残された形だけの帰属関係を清算しょうとはしないのか(163頁)。

 ≪在日の愛国心について
 国籍取得が容易になっているのに、帰化申請者の数が限定的であるのはなぜか。中西輝政氏(京大教授)は次のようにいう。
 「日本の場合、想定される永住外国人約62万人の9割は、韓国・朝鮮籍の人々であるが、今後日本との間でいくら「近くて近い国」になったとしても、その国家的帰属意識やアイデンティティの相違は、上述(北欧や英連邦諸国、欧州連合)の諸国間における場合とは比較にならない大きな溝があるといわなければならない。その何よりの証拠に、これほど国籍取得が容易になっているのに、日本国籍の申請例が限られたままだという事実が挙げられよう。そこにこそ何らかの「超えがたい溝」があると思わざるを得ない。いわゆる歴史的理由があったとしても、三世・四世の時代になっても国籍転換が進まないことは、日韓両国が一つの「参政権の共同体」となる条件がほとんど熟していないことを裏から証明するものといえる」(産経新聞2000年9月18日付)

 在日韓国人には外国人意識が欠けており、そのような人間の立場からすると、現行の帰化手続はむしろ煩雑な印象を与えるものなのである(166頁)。

 ある意味では在日は、本国人の嫉妬の対象でもある。在外国民ということで兵役義務は免除されている。日本でそれなりに豊かな暮らしをしているくせに本国に何の貢献をするでもなく、権利と義務だけ本国に要求していると反感をもっている者すらいるのだ(175頁)。

 ≪帰化は同化か
 二つの疑問を提示しておきたい。第一に、在日が外国人としてこの社会で生存し続けるということは、日本社会の加害者性の確認を自己の使命とするような少数の知識人には生き甲斐を与えるものであるかもしれないが、多くの在日にとってはアイデンティティと帰属の間にズレを永続化するものであり、それは在日にとっては、自分をますます説明できない存在に仕立て上げてしまうことになる。それでいいのか

 第二に、帰化=同化というが、それではソフトバンクの孫正義氏や俳優の李麗仙氏のように、日本国籍を持ちながらも民族的出自を表出しながら生きている人間をどのように評価したらいいのか。民族的出自の表出というなら、韓国系日本人よりは台湾系日本人や中国系日本人の中にエスニックな生き方をしている人間が多いが、そのことをどのように理解したらいいのだろうか。また、コリア系日本人の中でも、オールド・タイマー出身者よりは、ニューカマー出身者にエスニック・コリアンとしての生き方をしている人間が多いが、そのことをどのように理解したらいいのか。

 姜氏は帰化=同化というが、そもそも日本生まれの在日にとって、同化とは強いられてものというよりは生来的なものと考えた方がいいのではないか。つまり、私達は基本的には日本語人・日本文化人としてこの世に生まれてくるのであって、私達はそもそも同化に値する異質性がはじめから欠けているのではないか(181頁)。

 私は「日本に多様な民族性、多様な価値を認める社会が実現」してはじめて、帰化すべきであるなどといっているのではなく、「コリア系日本人の誕生が、日本社会の多文化化、多民族化の契機になりうるといっている。「日本に多様な民族性、多様な価値を認める社会が実現すれば」などといっていたら、在日韓国人はそれこそ7世になっても、8世になっても、韓国籍を維持しているということになるが、それではまるで宇宙人ではないか。

 そもそ私は自分の存在理由がなくなるために働いているが、在日知識人といわれる種族は自分の存在理由を完成するために働いているのであり、しかも彼らはその過程で日本人を糾弾・告発することを使命としている。私にいわせれば、そんな役割はおこがましい。私達が日本に住んでいることに特別な意味や深い意味はないからであり、また特別な意味があっても、それが日本人にお説教を垂れる資格にはならないと考えるからである。私達が日本に住んでいるのは、私達の祖父母たちや親たちが本国よりは日本を選択したためであり、私達もまたそれを受容しているためである。今私達に問われているのは、この日本をどのように変革するのかなどというよりは、私達自身の本国や日本との関係を整理するという態度ではないのだろうか(183頁)。

 ≪在日の新しい人生
 <外国人参政権法案について
 第一に、参政権法案が志向するのは、在日を外国人として保存したまま内外人の平等を実現しょうとする態度であるが、ここにはプロダクティブな意味が見い出しにくい。参政権要求は、仮にそれが成功すると次は被選挙権、その次は国政選挙権へとエスカレートしていくと思われるが、一体そんなことをして何になるというのか。在日が外国籍のまま日本で生活を続けるということは、在日の「被害者性」や「犠牲者性」を保存し、「差別国家日本という烙印を、国際的に広めるには貢献するであろうが、そのことによって、在日韓国人のアイデンティティと帰属のズレが解消されるわけではないし、これは当然のことながら日本人にとっても名誉なことではない(183頁)。

 そもそも永住外国人への参政権付与は「共生社会の実現に寄与」するのだとか、日本の「国際化に寄与」するのだというが、本当にそうだろうか。私見によれば、多文化共生社会を実現する最も確かな方法は、国民を多様化・多元化することであり、そのためにも在日韓国人のようなオールド・タイマーは「永住外国人」として保存されるよりも、日本国民として統合されてしかるべきなのである(184頁)。

 ところが、この国の共生論者人権主義者たちは、この帰化というテーマにはまともに向き合おうとはしない。彼らは帰化手続きの同化主義的な性格やその不透明性を批判するには熱心でも、それをベターなものにするための提言といったものには関心がない。なぜなのだろうか。それはおそらく、在日という存在がこの国の加害者性や犯罪性の「生き証人」として貴重であるからで、私達は言わば絶滅の危機に瀕しているトキのごとく手厚く保護されなければならないというわけである。言い換えると、在日はなによりも日本という国の集団アイデンティティにとって重要なのであり、私達はそのことを信ずる一握りの使命感あふれる人々のために、多少の不便を忍んでも、外国人としての生活を続けていうことが期待されているのである(184頁)。
 
 第二に、私達が今議論すべきは在日の参政権問題というよりは国籍取得の問題であり、私達はどのような日本人として生きていけばいいのかと考えなければならない時期に来ている。

 重要なことは、私達は外国籍を持つ限り、政治的な権利から遠ざけられるというだけではなく、責任や義務の感覚からも遠ざけられてしまうということである。そして私達は国政社会、グローバル化社会の中で生きているとしても、生活や行動の実際的な単位となるのは国民国家という政治的な枠組みであり、国民国家体制とは国民間の競争や競合を前提にするものである。このことは、私達が日本国籍を持たない限り、内国人との完全な機会や権利の平等を獲得することができないことを意味するもので、逆にいえば、日本国籍を取得すれば、参政権や公務任用の問題は自動的に解決するものである。また、そうすることによってはじめて、わたしたちはハンディキャップゆえに同情される人間でも、特権ゆえに妬まれる人間でもない普通の人間としてこの社会で生きていくことができるのである(188頁)。

 <特別永住者に対する日本国籍付与法案及び国籍法改正法案
 特別永住者に対しては、日本国籍を付与する形で国政選挙権も含めた完全な参政権が得られるようにするとともに、一般永住者の第二世代や第三世代については、日本国籍が取得できるようにするもので、より具体的には、次のような法案を提言するものである。

 第一に、特別永住者には基本的には審査はなく、申請に基づいてすみやかに日本国籍が取得できるようにする。その際、国籍取得後の姓名に使用する漢字には制限を設けない。これまでは1981年の法務省民事局第二課長通知により、戸籍法施行規則第60条に基づき、外国人が日本国籍を取得する場合の姓名に使用する漢字は原則的に常用漢字表や人名用漢字別表第二にあるものに限定されていた。したがってたとえば、金、李、朴、崔、鄭、姜(コウ)、趙(チョウ)、張、林という韓国人の10大姓のうち半数は帰化後の氏名として認められなかったのである。帰化後にエスニック・ネームを名乗りたいという者に、それが常用漢字表や人名漢字別表第二に含まれていないから認められないというのでは公平性に欠けるし、それは同化主義と批判されたものであり、しかもそれは帰化者のための氏名を想定してリストアップされたものではない。そしていうまでもなく、このことは、韓国籍や朝鮮籍からの帰化者のみならず、さまざまな文化や民族を出自とする者にも当てはめるべきことである(191頁)。

 第二に、現行の国籍法を血統主義から部分的に生地主義的なものに改め、一般永住者の第二世代、第三世代には、日本国籍が取得することができるようにする。一般永住者の中にはたとえば、50年から53年の間の朝鮮戦争時に密航して日本にやってきた者が含まれるが、その二世や三世は特別永住者の二世や三世同様、日本語人、日本文化人として生を享けている。彼らにも国籍取得の機会が与えられてしかるべきであろう。

 異論、反論は当然あるに違いない。審査なしで日本国籍を与えるといっても、たとえば総連の中心的活動家、特に工作活動に従事してきたような人には日本国籍を与えていいのかどうかといった議論があるだろうし、特別永住者には二重国籍を与えよという意見が出てくるかもしれない。
 問題はいくつかあるだろうが、在日に今上に記したような申請に基づく国籍取得の機会が与えられたら、かっての永住許可申請のときがそうであったように、ほとんどの在日はそれに応じると思う。「申請に基づく国籍取得」は帰化待機者たちに朗報となるというだけではなく、帰化手続きへの批判者たちにも帰化を受容する大義名分を与えてくれるものである。審査という形をとらない国籍取得の方法。これが外国人意識に欠けた在日には必要なのである(192頁)。

 重要なことは、私達は外国籍を持つ限り、政治的な権利から遠ざけられるというだけではなく、責任や義務の感覚からも遠ざけられてしまうということである。加えていえば、私達は国際社会、グローバル化社会の中で生きているとしても、生活や行動の実際的な単位となるのは国民国家という政治的な枠組みであり、国民国家体制とは国民間の競争や競合を前提にするものである。いいかえると、私達は日本国籍を持たない限り、内国人との完全な機会や権利の平等を獲得することができないのであり、これは逆にいうと、日本国籍を取得すれば、参政権や公務任用の問題は自動的に解決するものである。また、そうすることによってはじめて、私達はハンディキャップゆえに同情される人間でも、特権ゆえに妬まれる人間でもない普通の人間としてこの社会で生きていくことができるのである(195頁)。
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 「諸君 6月号 平成18年度」
 ・日本には「加害国家ニッポン」というアイデンティティが重要であると考える人がいます。左派系・進歩派系の人々がそうですが、その「加害国家ニッポン」の生き証人が在日コリアンというわけで、在日には韓国・朝鮮籍を維持して欲しいという願いがある。それに対して、在日の側にも日本への対抗主義の伝統のようなものがあって、国籍を変えることに対する躊躇が残ってしまうということなんだと思います。

 ・「在日は二重の意味でアイデンティティと帰属にズレがある」と指摘してきました。つまり在日は平壌やソウルに対する帰属意識に欠けているだけでなく、日本に置いては外国人意識にも欠けているわけですよ。外国人としての意識と緊張感に欠けているからこそ、書類提出にヒステリックに反応したり、法務局の窓口の役人を怒鳴りつけたりしてしまう。キチンと外国人意識をもっておれば、帰化手続きの面倒くささも当たり前のこととして受け止めることができる。オールドタイマーが外国籍を維持しているということは、だから大変不健全なことなんです。

 ・在日が韓国・朝鮮籍を維持し、次の世代もそれを継承し、相変わらず「参政権だ」「国籍条項lだ」などと日本を非難する者がいる・・・・・これは悪夢ですね。

 ・在日の「外国籍」を保存し続けることに熱心なのが、日本人の中にいる「進歩的文化人」と称される人々なのですね。彼らは口を開けば「多文化共生」などと言うが、日本文化にとっくに統合されてしかるべき在日さえも外国人として保存しょうとする。これはバカげたことですね。とにかくこの国には帰化を祝福する雰囲気がない。
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 「諸君 2007年8月号」

 ・戦時期に多くの朝鮮人が過酷な労働や屈辱的な仕事を強いられた事実を否定するものではない。だが、それをいうなら、エスニック日本人の男たちはエスニック朝鮮人の男たちより戦場に送られる蓋然性が高かった!兵士として戦場に送られることに比べて、炭鉱や建設現場に送り込まれ、重労働を強いられたことがより「不幸」であったなどといえる者がいるのだろうか。

 ・在日一世たちは生活苦のために内地にやってきたかもしれないが、よりよい機会を求めて内地にやってきたかもしれないのであり、日本人労働者より劣悪な条件の下で働いていたかもしれないが、故郷のカウンターパートたちの生活や労働に比べれば、ましだと判断したから帰郷よりは日本での居住を選択したのかもしれないのである。

 

 浅川晃広 名古屋大学大学院専任講師 SAPIO1/19・2/2 合併号

 韓国政府との合意の下、「在日」がサンフランシスコ講和条約によって一律に日本国籍を喪失する措置がなされた1952年から2003年までの、原国籍を韓国・朝鮮とする帰化許可者は27万5,023人である。これは、2003年末現在での「在日」の数(在留資格が「特別永住者」で、かつ国籍が韓国・朝鮮の者」で、かつ国籍が韓国・朝鮮の者=「狭義の在日」)が47万1,756人であることを考えれば、すでに、総数の三分の一以上が日本国籍を取得していることになる。
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 在日韓国・朝鮮人の場合に話を戻すと、当時、明確には「戦勝国民」ではないのだが、「敗戦国民」ではなく、外国人たるがゆえに、少なくとも日本人よりも序列としては上位であった。これが「第三国人」という用語の起源である。この単語は、平成12(2000)年の石原慎太郎東京都知事による「三国人発言」として取り上げられたが、本来この単語自体は、文字通りの意味に過ぎない。

 しかし、この単語が、日本人より上位に位置づけられていたことを利用した、当時の在日韓国・朝鮮人による、呉清源の国籍変更の事例でみたような、さまざまな無法行為と結びついているために、いわゆる「差別用語」とされている。しかし、実際には、これは単語の問題ではなく、その「無法行為」そのものが問題なのである。

 その「無法行為」の片鱗を以下に見てみる。
 朝連は各地で引揚者名簿を作り、帰国証明書を発行し、財産管理を行い、列車、バスなどの無賃・不法乗車、乗船のあっせん等を行うほか、保安隊、自衛隊、警備隊、自治隊、青年隊などの自衛組織をつくり警察権の類似行為を行ったといわれ、また朝連の威力を背景に集団強窃盗、詐欺、略奪、殴打暴行、占拠監禁、人民裁判などが行われ、いわゆる不法行為の発生状況は集計されたもの1945年8月から12月までで136件であった。

 この「朝連」による暴力行為を裏付ける証言が、1982年に在日大韓民国青年会が、1,106人の在日一世に行った、聞取り調査報告書に掲載されている。

 「日本人より優位」であったことや、実際の不法行為を裏付ける証言も、下記に列記したごとく多数ある。
 ・戦勝国とは言えないまでも、日本よりは上の国であるという意識はあった。
 ・その当時巡査とか、日本人を棒で殴ったりした。
 ・開放されて嬉しく思い、日本人に対して反感を持った・・・・・連盟に入り、役員もやったことがある。内容は、学校建設、青年教育、警察が無能なため同胞青年が暴力をふるうことが多く、その青年教育に勤めた。
 ・戦中、我々同胞は買出し、闇、密殺とか生活の為、色々当時の法律に触れる事をやって警察に捕まったり、追われていた人がたくさんいた。それが解放になり韓国人と日本人の立場が変わり、警察にも追われないし日本人たちの態度がガラッと変わった。各地で朝鮮人連盟ができ、同胞達が集り一時はすごい羽振りだった。
 ・同胞の中には日本人を殴ったりしている者もいた。
 ・人の話では、韓国人達が集団で権力ぶって無茶な事をしたそうです。私達は今までと違って町を歩く時、胸を張って歩きました。
 ・日本人を皆殺しにしたかった。同胞は集団でトラックにのって「マンセー」を言い合った。
 ・汽車ひとつ乗るにしても朝鮮人には、切符すら売ってくれず、しかしその問題は連盟という組織ができたことにより強い力がもてて、日本人が買えない切符でさえも朝鮮人という登録があれば、簡単に買えるようにまでなった。
 ・その時は日本人より、優位になった。実際に日本人に対して、恨みをはらしたりした人もたくさんいた。
 ・連盟も保安隊で参加。駅等に待機し、米を持った日本人のは奪い、韓国人ならば知らん振りで、道を通したりした。その当時、警察の力が弱いために。
 ・在日朝鮮連盟にて、会計を任された。当時、連盟だというと、日本人はペコペコ頭を下げた。事務所も、県庁の中にあり、会議ができるほどであった。
 ・当時は力の強いものが勝ちで、朝鮮人は団体を組んで乱暴むちゃくちゃしてた。汽車の切符買いにずらっと並んでいるのに、一番前に2,3人で割り込んで文句を言うたりすると、袋叩きにしよった。目の前でみた。

 これら、生々しい無法行為の数々が、敗戦国民より上位に位置づけられたこと、すなわち「外国人」であることの結果である。しかし、この力関係は、1952年に日本が主権を回復したため、外国人であることが、国民よりも権利が制限されるという通常の状態に戻ったことにより、終焉した。しかし、在日韓国・朝鮮人にとっては、この特殊な状態が、基準となっているようで、加藤は下記のように指摘している。

 「外国人が特権を有する時代は終わった。けれども在日朝鮮人は特権的な外国人たるべきであるとする要求を下ろすことはなかった。退去強制なく、無条件で子々孫々まで永住権を有するべきだというのが、今日に至るまでの彼らの主張である(加藤晴子、「在日朝鮮人処遇政策確定過程に見られる若干の問題について」『日本女子大学紀要 文学部』33号、1983年)(「正論」6月号 平成17年度)
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 「国籍剥奪という嘘」 
 ≪1.韓国との合意の結果としての「国籍喪失」
 ≪2.在日朝鮮人の「意思」
 占領体制下で、敗戦国民である日本人よりも上の「第三国人」というステータスを前提に、無法活動を繰り広げてきた経験から、日本国籍付与にこそ反対であったのではかいかと推測する。

 国籍喪失措置について、当時の左翼系在日朝鮮人団体である「在日朝鮮統一民主戦線」(民戦)が、通達の後の昭和27年5月に開催した第六回拡大中央委員会において、「日本国籍を喪失させる処置に関する具体的な反対運動は提案されていない」と指摘しているほか、「右翼系の民団も日本政府の決定に対して、なんら抗議声明や反対運動を展開していない」(同)という。国籍喪失措置に対して「在日朝鮮人側からは、強い反発も反対運動も起きなかった」(同)のである。

 ≪3.在日朝鮮人の「意思」としての帰化

 ≪4.権利剥奪の嘘
 一連の社会保障制度の中でも最も重要なのは、言うまでもなく、「生活保護」であるが、これについては、戦後一貫して、昭和27年の国籍喪失からも継続して、在日朝鮮人に適用されてきているのである。・・・・
 生活保護が「国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護」を与える(生活保護法第1条)ものであるにも拘らず、なぜ外国人である在日朝鮮人にも適用されるようになったのか

 ≪生活保護の継続適用
 昭和39年3月31日の参議院・社会労働委員会で、牛丸義留・厚生省社会局長は「在日の朝鮮人につきましては、・・・いわば法律の正規の適用ではございませんが、行政措置として同様の適用をしてまいった」と答弁している。「在日」への生活保護は「行政措置」なのである。(「正論」 8月号 平成17年度)
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 ・現在の「特別永住者」という身分でいても、特に実生活で不便を感じないからという理由です。在日は普通の外国人と違って「特別永住者」ですから、様々な特権が認められている。参政権や公務員採用などでは日本人に比べて権利が少し制限されますが、そこだけ我慢すれば、あとはほぼ同じ権利を享受できる。それゆえ帰化は先送りにしてしまう。

 第二に、「帰化手続きが非常に面倒くさく、なかなか許可がおりない」という思い込みが蔓延していることです。確かに、帰化申請のために揃えなければならない書類は十二種類もあり、過去三年分の給与証明書や最寄り駅から自宅付近までの手書きの地図まで要求されるなど、決して簡単ではないのが実情です。こんな面倒くさいことをやらなければならないのかとウンザリし、しかも「特別永住者」としての権利が保障されている在日からすると、「費用対効果でペイしない」「何で我々が今更こんな手続きをさせられるんだ」と否定的に考えてしまうのです。(「諸君」6月号 平成18年度)
 呉 善花 拓殖大学教授 諸君6月号 平成18年

 ・二世、三世の時代になっても頑なに国籍にこだわりつづけているのは、世界的に見ても在日コリアンだけの異常な現象ではないでしょうか。

 なぜ在日だけが「帰化したくない情緒」を持つのかが問題なわけです。そこには反日的な気持ちや歴史認識などすべてが絡んできていると思います。
 しかし、本当に切実に帰化を希望しているなら、そんなのは大した手続きではないはずですよ。書類上の手続きを面倒臭がるということは、逆にいえば、在日はことほど左様に帰化の必然性がないほど恵まれた状況にあることを示しています。さらには、ニューカマーとオールドタイマーの間では、同じ日本に暮らす「韓国籍の外国人」といっても天と地ほどの待遇の格差があるという意味にもなります。

 私のようなニューカマーから見れば、在日二世、三世の方々は恵まれすぎているという気もします。外国人としての不自由さにはほとんど直面せずに、日本人と同じ生活ができるわけですから。在日コリアンは、間違いなく世界で最も経済的に成功した民族です。それは決して在日の努力の賜物だけではなくて、受け皿としての日本社会がうまく機能したからではありますが、要するに帰化の必要を切実に感じることもなくぬるま湯に浸かっていられたということです。
 そして、あまりにも恵まれすぎているゆえ、「朝鮮半島」に余計な幻想を抱いてしまっているんじゃないでしょうか。我々の先祖の出身地である朝鮮半島に行けば、何かがあるーというような。そんな幻想に囚われていることも、なかなか帰化に踏み切れないでいる一因ではないかと。そして、幻想を追い求めて韓国に行ってみたけれども、現実は全く自分の想像とは違っていたというのが、先に挙げた二世、三世の例ですね。

 ・連絡してくる大使館員は書記官などの肩書きを名乗っていますが、こちらで独自に調べてみますと、ほとんどが国家情報員(元KCIA)のエージェントです。そんなのは無視していればいいのですが、何度もしつこく言われているうちに、つい自主規制しょうかと考えてしまう瞬間があるんですね。「この仕事をしている限り、思い切った発言ができないようでは失格だ」と、ハッと気付いてダメよと思うのですが、そんな余計な気を使いながら執筆活動を続けていくのは、正直言ってかなり疲れました。しかし、日本に帰化してしまえば大使館も勝手な手出しはできません。今はとても気が楽で、発言一つするにも全然気分が違いますよ(笑)。
 村山祥栄 府議会議員 「京都・同和「裏」行政」 (講談社+α新書)

 「要望書」
 同和事業の完全終結にあたり下記の取り組みを進めること

 1.同和行政によって発生した逆差別現象を認識し、早期決着によりその解消に努めること

 2.コミニティセンターを全廃すること
 市としての有効利用できる転用策を講じ、広く市民が利用できる施設とすること

 3.国の事業としての隣保館事業も全廃し、旧同和地区民の自立を促すよう、国へ働きかけること

 4.市立浴場は民間に払い下げを行うことも含め、市営事業としては廃止すること

 5.事業意義を失った学習センター、保健所分室は即刻廃止すること

 6.診療所は民間に払い下げ、廃止、地域医療政策の観点からの私立病院への所管替えのいずれかに分類し、解消すること

 7.福祉センターは元学区全体の区民館とし、事業として撤退すること

 8.自立促進補助金を廃止すること。生活困窮者に対しては生活保護行政の範疇で解決すること

 9.改良住宅は公営住宅に改編し、料金体制、入居ルールを含め公営住宅としての運営に移行させること。入居募集に関しても同様の取り組みを早急に対処すること。

10.改良住宅の入居実態調査を行い、実態の伴わない入居の退去を進めること

11.住宅地区改良事業は残された崇仁地区は期限を定め買収を早期完了させ、早急に整備計画を進め、早期の事業解消に努めること。

 以上のとおり要望する。(平成19年10月30日京都市へ提出。一部要約)
 百地 章 日本大学教授 諸君 平成18年4月号

 ・平成3(1991)年の「出入国管理特例法」によって定められたものである。この制度によって在日韓国・朝鮮人の人々は、他の外国人と違い在留資格の制限がなくなったから、母国韓国はもちろん、日本での経済活動も全く自由であり、5年以内であれば韓国と日本の間を自由に往来することも可能となった。この『特別永住者制度』をすみやかに撤廃することにより亡国の外国人地方参政権法案にとどめを刺し、最終的な決着をはかるべき時期が到来しているのではなかろうか。
 大島信三 正論編集長 正論7月号 平成18年度

 ・「朝鮮総連が民団と合流すれば、総連の工作員が民団の影に隠れてしまう。民団とて、反日という点では総連とかわりない。総連と民団の統一は、巨大な反日団体と対日工作機関の誕生でしかない。これを微笑んでみている日本人は、おめでたいとしかいいようがない。厳しい現実に目を向けるべきだ」(おじん)

 ・日本に住み続けることを前提とした、両団体ですが、今回の歩みよりに際しても、南北の融和は宣言されましたが、日本人との融和の姿勢は感じ取れません。生まれ育った国を拒絶し続けるなどという馬鹿げたことは、もうそろそろ止めてはいかがか。日本人や日本の良さを受け入れても、民族の自尊心を保つことは出来ると思います」(いちげん)
 「在日の特権について

 日本の国には在日朝鮮人の為の在日特権が、あるなんて私は知りませんでした。

     NHKの受信料を支払わない人にはNHKは裁判で受信料未払いの人の個人資産を差し押さえをするとしているのに在日朝鮮人はテレビでNHKを見ても受信料は免除とは驚きました。
      NHKは在日朝鮮人の為の放送局なのでしょうか??
      だから朝鮮のアニメや朝鮮のドラマを放送しているのかな??
      他にも在日の為の優遇策があります。
      ここは日本人の為の国なのですか?
      それとも在日朝鮮人の為の国なのですか?

      在日特権
      《 在日が帰国・帰化しない理由 「在日特権」 》

      http://www.rondan.co.jp/html/mail/0610/061012-1.html

      [地方税] 固定資産税の減免
      [特別区] 民税・都民税の非課税
      [特別区] 軽自動車税の減免
      [年 金] 国民年金保険料の免除
              心身障害者扶養年金掛金の減免
      [都営住宅] 共益費の免除住宅
               入居保証金の減免または徴収猶予
      [水 道] 基本料金の免除
      [下水道] 基本料金の免除
              水洗便所設備助成金の交付
      [放 送] 放送受信料の免除
      [交 通] 都営交通無料乗車券の交付 JR通勤定期券の割引
      [清 掃] ごみ容器の無料貸与
              廃棄物処理手数料の免除
      [衛 生] 保健所使用料・手数料の滅免
      [教 育] 都立高等学校
              高等専門学校の授業料の免除
      [通名]   なんと、公式書類にまで使える。( 会社登記、免許証、健康保険証など )
              民族系の金融機関に偽名で口座設立→犯罪、脱税し放題。
              職業不定の在日タレントも無敵。
              凶悪犯罪者の1/3は在日なのに実名では報道されない。
      [生活保護] 家族の人数 × 4万円 + 家賃5万円 在日コリアンは、ほぼ無条件で貰えます。
               日本人は孤児だろうと病気だろうと、絶対に貰えない。
               予算枠の大半を、人口比率1%未満に過ぎない在日が独占。

               ニートは問題になっても、この特例は問題視されない。
      [住民票]  「外国人登録原票」は通常、一般人では閲覧できない。
               ( 日本人の場合、債権関係の係争で住民票を閲覧される )

      「生活保護予算の大半は在日だけの特権保護費」

      在日の人は日本の寄生虫です。これで参政権が欲しいとか何考えているんだ。義務を果たさず権利だけ主張することが許されると思っているのでしょうか。厚顔無恥も大概にして戴きたい。
      本当に生活に困る日本人を助けずに何故この様な事をするのでしょうか。日本の政府は真に困る日本人を助けるのが普通ではないでしょうか・・・。
 坂中英徳 元法務省東京入局管理局長 正論平成19年度 3月号

 <国籍に固執することで「本国への忠誠を誓う外国人」と見られてしまう>
 ・それはある意味で、当然のことです。韓国籍・朝鮮籍のままでいる、ということは本国への忠誠を誓っている人だ、と見られても仕方ありません。それが国籍というものの本質だからです。実際、韓国系の民団(在日本大韓民国民団)も北朝鮮系の総連(在日本朝鮮人総連合会)も本国忠誠型の団体であり、日本国民になった人たちを「民族の裏切り者」だと厳しく批判しています。

 ・在日コリアンのようにいつまでも本国政府の支配下に置かれている存在は世界にも例がありません。
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 「人語り」産経新聞 平成19年7月29日

 ・在日韓国・朝鮮人は日本に定着しており、本国に帰る存在ではない。日本定住を前提に法的地位、国籍取得の問題を考えなければならない。
 楊 文凱 中文導報 編集長 正論 平成19年度 3月号

 楊:そもそも「反日」感情が強い人は日本に来ないでしょう。在日中国人が日本人に対して持っているのは安定的ないいイメージだと思いますよ。

 聞き手:日本と中国との間には、特に政治・国防などの分野でいろんな対立軸があります。今後、両国が決定的な対立をする場面が出てくれば在日中国人の立場も難しいものになります。

 楊:可能性があるとすれば、台湾問題ぐらいだとは思いますが、それは、両国政府の知恵によって必ず避けることができる、と信じています。
 金 美麗 評論家 「WILL-2008年2月号」

 日本国籍もないのに『地方参政権』を求めるのは、日本を合法的に占領したいからである。こんなことを認めれば、或る日突然住民票を移転して、『隠岐』なんか一発で韓国に乗っ取られる。以下引用。

 「反日外国人に参政権を与える必要はありません」
 11月24日にオーストラリアで総選挙が行われ、ケビン・ラッド率いる労働党がジョン・ハワード首相率いる自由党を破り、勝利しました。((中略)オーストラリア国民ではなく、移民に選挙のキャスティングボードを握られてしまっているのです。

 〈外国人が決定権を握る〉
 〈問題点の数々〉
 1.外国人参政権を認めることによって本国との「二重参政権」を持つこと。

 2.地方自治体の選挙ならば住民であることを以って参政権を与えられるべきだという主張があります。しかし、地方は当然中央政府に繋がっており、切っても切れない関係にあることは明白です。地方が健全にならなければ日本は健全にならず、日本が健全でなければ地方も健全にならない。本当に日本を愛しているのならばまだしも、反日的な思想をもった人間に、たとえ地方であっても参政権を与えるのは大きな間違いといえるでしょう。

 3.税金を払っているのだから参政権を認めるべきだとの意見もあります。しかし税金と参政権は全く無関係であり、税金を払わず滞納している日本人が参政権を剥奪されるなどということはありません。私は日本で暮らし、台湾では収入もなく税金も納めていませんが、台湾の参政権を取り上げられることはありません。参政権は国民固有の権利ですから、税金云々の話を持ち出すことは全く道理に合わないのです。

 〈歴史に縛られるな〉
 在日韓国人が50万人以上いるのに対して、韓国永住する日本人の数はわずか二桁。「互恵」と呼ぶには規模が全く違います。そして韓国の参政権制度も在日韓国人の日本での獲得したいがために定められたものであって、これも理由になりません。
 さらに言えば、韓国に永住権を持つ日本人の中に反韓の人間はおそらくほとんどいないでしょうが、在日韓国人は反日がアイデンティティになっているかのような人も多くいますので、比較する際はこの点も考慮すべきです。

 〈分裂するアイデンティティ〉
 ・反日意識の継承は、日本にとってはもちろん、韓国や在日朝鮮人にとってもいいことではないのです。

 〈未来志向で行こう〉
 自分や家族が住み、日々生活の糧を得ている土地を思う気持ちのないものに参政権を与える必要はありません。地域によってはその人達にキャスティングボードを握られることになりかねませんし、反日思想の在日外国人に阿る候補者が多く出ることは想像に難くありません。心から日本の発展を願い、政治にぜひとも参加したいというのなら、帰化して日本国籍をとればいいのです。
 そして薄っぺらなヒューマニズムや平等意識に引きずられることなく、日本人はオーストラリアの選挙結果を肝に銘じる必要があります。国民固有の権利である、参政権の本来の意味を考える必要があるのです。(金 美麗 評論家 「WILL-2008年2月号」)
 鈴木 晃 68歳 郡山市 「Will−2008年4月号」

 永住外国人はそれぞれの国に国籍を持っている。もし日本と当該の国の間で利害が対立した時、これらの永住外国人(例えば中国人や朝鮮人)はどのような行動をとるだろうか。日本と中国、日本と韓国、日本と北朝鮮、どちらの立場に立つだろうか。

 「地方参政権だけだから・・・」という意見もあるが、地方行政といってもゴミや道路、下水道の問題だけではなく、基地や原発、無防備都市宣言や周辺事態法など、国防に関わる場合もある。(鈴木 晃 68歳 郡山市 「Will−2008年4月号」)
 百地 章 日本大学教授 「正論」産経新聞 平成20(2008)年5月9日

 「外国人参政権問題に決着を」
 <参政権付与は憲法違反>
 4月20日の李明博・韓国大統領の来日を機に、外国人参政権問題が急浮上するのではないかと心配していたが、取り合えずは杞憂に終わった。

 同大統領は就任前後からわが国の与野党幹部に対して「在日同胞への参政権付与」を要請しており、民主党では先日(4月9日)、岡田克也元代表らが在日韓国人ら永住者に地方参政権を付与するための「提言骨子案」をまとめている。しかし、これは参政権の本質がまったくわかっていない証拠である。

 日本国憲法は、参政権を「国民固有の権利」(第15条1項)としており、権利の性質上、国民のみが有し、外国人には認められない権利の典型が参政権である。だから最高裁も、外国人への参政権付与を憲法違反とした。このことは、判決が「参政権を保障した憲法15条1項の規定は、権利の性質上日本国民のみをその対象とし、右規定による権利の保障は、我が国に在留する外国人には及ばない」「地方選挙権が『住民』にあると定めた憲法93条2項にいう『住民』とは、地方公共団体の区域内に住所を有する日本国民を意味するものと解するのが相当」(平成7年2月28日判決)としたことから明らかであろう。

 国の運命に責任を持たない外国人には、たとえ地方選挙権であれ付与することはできないのであって、納税など、参政権付与の根拠とはなりえないわけである。

 <「届出制」の国籍取得?>
 幸い自民党内では、外国人参政権に対して反対論や慎重論が有力であり、これが一挙に現実化する危険はなさそうである。しかし、同党のプロジェクト・チーム(河野太郎座長)で進められている「特別永住者」への「届出制」による日本国籍付与を認める)法案については、警戒を要する。

 特別永住者とは、戦前に「日本国民」として「内地」に移住し、戦後自らの意思で日本にとどまった人々とその子孫である。平成18年末現在、その数は44.3万人、うち43.9万人が在日韓国人・朝鮮人である。一般永住者を含む永住者全体(83.8万人)の中、特別永住者は53%を占め、しかも参政権取得に熱心なのが在日朝鮮人(民団)である。そのため、外国人参政権問題は在日韓国人問題であるといわれる。そこで問題解決の一方策として考えられたのが、特別永住者の帰化促進ということであった。

 法案では、この人々については国籍法に定める帰化条件によらず、「届出」だけで日本国籍が取得できることとされている。しかし、帰化促進のためとはいえ、これは「国籍」の持つ重み(ディグニティ)を無視したものといえよう。

 アメリカ合衆国では、国籍の取得に当って憲法の擁護、旧母国に対する忠誠の放棄、それに国の為武器を取ることなどの「忠誠宣誓」を行わせているが(移民及び国籍法)、我が国では、帰化申請の際に問われるのは、滞在年数、年齢、犯罪歴の有無等であって(国籍法)、「どうして日本人になりたいのか」さえ聞かれないという。まさに「日本人になりたければどうぞ!」と言わんばかりで、クレジット・カードへの加入と変わらないー。昨年日本に帰化した評論家・石平氏はこう慨嘆しているが(『月刊日本』平成20年2月号)、これが我が国の帰化制度の実態である。

 <特別永住者制度の廃止を>
 法務省では、現在も日本国籍の取得に当たり「動機書」と「宣誓書」の提出を義務付けているというが、なぜか石氏のケースでは動機も尋ねられなかった。しかし、特別永住者の届出制による国籍取得は、それ以上に問題といえよう。

 それ故、日本国籍の付与に際しては、少なくとも動機書と宣誓書の提出を厳守させると共に、特別永住者への国籍付与についても、現在の「許可制」による帰化条件の「緩和」にとどめるべきであろう。それと共に、帰化条件の緩和は、「特別永住者制度」(平成3年成立の廃止とセットにすべきである。

 この制度は、坂中英徳・元東京入国管理局長によれば、「世界にも例のない優遇された地位」を在日韓国・朝鮮人の人々に与えたものである(『在日韓国・朝鮮人政策論の展開』)。この制度が特権に甘んじ、一向に帰化しょうとしない人々を生み出してきたのは事実であろう。

 「韓国人でありながら韓国人意識に欠け、日本人でもない」人々に、日本国籍を取得するか一般永住者に戻るかの選択を迫ることが我が国と韓国の双方にとって今こそ必要であり、これによって速やかに外国人参政権問題にピリオドを打つべきであると思われる。(百地 章 日本大学教授 「正論」産経新聞 平成20(2008)年5月9日)

 

 真中行造 HP管理者

 〈外国人参政権の重大な問題〉
 ・相互主義に該当しない。
 ・共生を訴える韓朝民族、その民族に理解のある日本の政治家、ともに同民族とまるで共生できていない。
 ・日本人や日本国に対する対抗主義的な性格。「六世になっても外国籍をかえようとしないのは世界でも在日くらい」変わるべきは在日の方。
 ・朝鮮人=無法者集団
 ・自らを抑圧や差別の被害者と規定し、その生き証人として生きて行こうとしている。日本人や日本国を糾弾することを自己の使命としている人間であり、そのためには日本人になってはまずいのである。
 ・公的職務と参政権以外にどんな差別があるの?被害者意識に自己拘束された人間は世界を差別と被差別の視点から眺めるプロであるが、それでもこれこそは在日に対する本物の差別なりと断定できる事例を探すのが困難な、そんな時代に私達は住んでいるのである。
 ・嫌なら韓国に簡単に引越しできるのに。在日にとって韓国は外国ではないのである。
 ・国民でもないのに国民と同じ権利を要求するのはおかしいぞ。
 ・国外に永住権を持つ者は「兵役義務」からも免除されるから、この点でも在日韓国人は「本当」の韓国人とは区別される存在である。

 〈日本国籍を有する者との差異無き取扱い例〉(20頁)
 ・国民健康保険
 ・国民年金制度
 ・義務教育に関する児童就学通知
 ・義務教育の無償
 ・各種公務員としての就業の道(鄭大均氏は東京都の公務員
 ・医師、歯科医師、弁護士、税理士資格の取得
 
 〈唯一の差異
 ・選挙権
 ・被選挙権
 政治的権利を除くと、在日韓国人は日本人とほぼ同様の社会権を享受している。制度的差別はほとんどない。

 ・在日韓国人社会には帰化タブーがあり、それは在日韓国人の民族主義や対抗主義とともに日本人の多文化主義や人権主義によって支えられているものである。「国籍(韓国籍・朝鮮籍)」こそ、在日同胞が日本の「単一民族」への吸収・同化から民族的アイデンティティを守る最後の砦であり、一世たちが守ってきた貴重な遺産である。
 ・人権主義や多文化主義を旨とする人間にとっては在日を尊重し保存することは人権社会や共生社会を実現する方法である。
 ・なぜ変わるべきは日本であって自分ではないのか
 ・民団といえば、役員には韓国籍の団員しかなれないが、自身は国籍差別をしておきながら、日本国に対しては、韓国籍のままの参政権を要求するというのはダブル・スタンダードではないのか。
 ・在日韓国人はそのアイデンティティに合わせて帰属(国籍)を変えればいい。つまり「永住外国人」などという宙ぶらりんな存在としてよりは、日本国籍を取得して、この社会のフル・メンバーとして生きていけばいいのであり、そのために必要なら帰化手続きの幣を指摘すればいい。
 ・韓国では5年以上の定住外国人に2002年からの地方参政権を与える法案が可決された。しかし、この法案は、韓国に定住する外国人の側から出てきたものというよりは、韓国政府が日本政府にプレッシャーをかけるべく提出したもので、便宜主義の産物以外の何物でもない。
 ・国際的に見て、在日に不思議なことがあるとしたら、それは参政権がないというよりは、日本国籍がないということであり、不思議がってみせるなら、そのことに触れるべきなのである。
 ・私達が日本で暮らしているのはなぜなのか。それはおそらくは、私達が日本を選択しているからなのだが、それなら、なぜ、祖国との間に残された形だけの帰属関係を清算しょうとはしないのか。
 ・在外国民ということで兵役義務は免除されている
 ・私達は基本的には日本語人・日本文化人としてこの世に生まれてくるのであって、私達はそもそも同化に値する異質性がはじめから欠けているのではないか。
 ・今私達に問われているのは、この日本をどのように変革するのかなどというよりは、私達自身の本国や日本との関係を整理するという態度ではないのだろうか。
 ・審査という形をとらない国籍取得の方法。これが外国人意識に欠けた在日には必要なのである。
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